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(こどもはてんさい、あたりまえ。

自分に子どもができた時、自分の子はもしかしたら、天才かもしれない。
類まれな才能があるのではないか。
などと、考えていたな。

だから、小さい頃から子どもに水泳、英語、絵画、サッカー、ピアノ・・・・ありとあらゆることに挑戦させて、可能性を親として見落とさないようにと必死だった。


自分の成しえなかった夢を子どもに勝手に託し、期待する。
子どもには、無限の可能性があるから、その可能性を引き出すために親として、できる限り協力していかなければ。
子どもはそんな親の気持ちを察して、いやな顔ひとつせずに、付き合ってくれていた。
子どもは、何でもわかっているんやな。

そう、確かに子どもは、皆天才。
そんなの当たり前、常識さ。
それぞれがそれぞれの才能を無限に持って生まれてきている。

が、しかし・・・・それを親、大人が台無しにしている。

親、大人が、自分のものさしで勝手にはかり、「これはすごい、類まれな才能だ、天才だ」などと言い、親、大人の枠にはめ込んでいるのだ。
枠にはまり込んだ親、大人が何を、子どもに手出し、口出ししているんだか。

親、大人が子どもの才能、可能性に気がついたときから、子どもの才能、可能性をとめているのだ。
自分の子に、他の子と違う才能、可能性を見つけたとき、親、大人はそれを親、大人の今まで経験、体験してきたいいと思われる方法で何とか、その才能、可能性を伸ばそうと要らぬお節介をやく。
それが、親心か。
それが、教育か。

全く、逆さま。

親、大人は、子どもがワクワクしてやろうとしていることをできるだけ、黙って見ているだけでいい。
何もたさない、ひかないことがいい。


昔の天才といわれている人達は、その時代には誰も注目されていない。
親も周りの大人も特別な扱いをしていない。

今は、早くから天才、才能があると言って、手を加えすぎている。

手を加えないからこそ、無限の可能性がでてくるのだ。
自然は、無限なのだ。


子どもは皆天才だ。
それぞれに、すごい才能、可能性をもっている。

一切、手を加える必要はない。
親、大人が自分のものさしで、推し測り、枠にはめ込まないことだな。

子どもの湧く沸くに手をかける必要はないな。





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テーマ : 教育って何だ?
ジャンル : 学校・教育

tag : 才能 可能性 無限

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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