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(ひかく。

毎朝の職場の朝礼。
会社理念と朝の挨拶を連呼する。

そして、昨日の売り上げを読み上げる。
目標達成できた、できてない。

比較、昨日よりも売り上げが増えているか、いないか。
売り上げの確認のために毎朝集まっている。

店長さんは、毎日大変です。
店長さん、毎日休まず朝早くから出勤しています。
店長さんは、超超過勤務です。
一応週2日の休みの日は、朝10時ぐらいには帰っていますが、日増しに疲れが溜まっている感じがわかります。
店長さん、赤字の店を自分の力で、やり方で黒字にしようと必死なのです。
遊びも仕事大好きという店長さん。
仕事で溜まったストレスは、少ない休日に、目一杯遊んで発散しているという。
がんばっているんです、店長さんは。
店長さん、初めて出勤してきた日は、髪の毛もディップで固めてきめていたのに、今では毎日ボサボサです。売り場に出たときには、ひとり大きな声で皆を引っ張っていこうとしているのがわかる。

売り上げを増加させる。
赤字続きの店では、しかたないのか、毎朝、毎朝、売り上げに一喜一憂。
せっかく、一緒に働く人らが、顔を合わせるのに金の話ばかり。
形、金がついてこなきゃ、働く仲間もへったくれも、ないのかな。
結果がでなけりゃ、何も言えない。
皆、こんな働きかたで楽しいのかな。
ああ~しんど・・・。

何、言ってんだ。
働くのなんて楽しいもんじゃないやろ。
働くのが楽しいなんて、求めるほうがおかしいよ。
今のご時勢、働けているだけでもありがたいこと。
これが常識、当たり前か。


比較、いい、悪い。

比較、増えた、減った。

今はこれだけのことなのに、なぜ比較するのか。
比較なんて必要あるのか。

比較は、永遠に続く。
進歩、発展、向上のためという名目で、課せられ続く。

いつまでも、比較し続けられる。

いや、自分が比較されることを選んでいる。
自分の評価を比較によって確認しているんやな。
比較し、昨日より今日、今日より明日が上にいくように必死になる。
結果がでなきゃ、何もしていないのと同じか。
結局、自分が自分を比較して確認しているのだな。

比較は、自分がやめないといつまでも続けることになる。
比較し続ける限り、不安や心配、怖れはいつまでも自分についてまわることになる。

自分が選んでいることだから、自分で今すぐやめることができるのにな。

非核、私は核を持たない。

なにより、自分を比較するのはやめんとな。






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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 比較 赤字 黒字 職場 朝礼 毎朝 非核 評価 自分 ご時勢

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Secre

草事件・・「何で裸になるのが悪いんだ」世間はどう反応したか、何に気付いたか・・・。


くさなぎ、草薙剣、スサノオ・・荒ぶる神として裁かれて追放された神。裸、丸裸になる、素直、正直になる。素直、スナオ、スサノオ。スサノオは、自分を素直正直に現した(現ぶる)神だった。しかし、八百万の神々は理解しなかった。調和の世を乱す、破壊する、我が儘な、荒ぶる神に感じた。そして、スサノオに罪を着せて裁いた。神々の方が真の世界を壊している存在であることに気付かなかった。彼らの想念、視点からは、スサノオの現したことが見えなかった(理解できなかった)。視点が盲点になっていた。神々の欠点だった。神々自身が想念で封印していた世界をスサノオは身をもって示しただけだった。無実の罪で裁かれたスサノオは、神々の罪(裁いた罪)を背負って下っていった。


「裸になるのが悪いのか」は、裁かれたスサノオの素直な心の叫びだった。人間が生まれたときに裸なのは、素のまま生む(現す)とは隠すことのない丸裸の状態だということを教えている。裸を衣で隠すことは、素を隠して出していない、ということを形にして教えている。


イザナギが根の国、黄泉の国、冥土、を穢れた世界として岩(線)で封印し、穢れを祓ったのが、事(問題)の始まり。根の国、根源の世界、命の源、本音(調和の響き)世界、黄泉、黄金の泉、光の世界、よみがえる、生き返る、死んだのではなく、魂の故郷に帰る。冥土、冥界、冥王星、惑星の枠から外される、プルート、プルトニウム、核、核心、中心、要。穢れた世界だと感じたナギは、臭いものに蓋をするように、その世界を封印した。ナギの想念には冥界が闇の世界に感じた。不調和、異常、異質(響きの差)を感じた。しかし、封印したというのは思い違いで、自分の居る世界から閉め(締め)出した、排除した、線を引いて分けた、差別した、見ないようにした・・・注連縄。ナギは自分が、大事なものに蓋をしていることに気付かなかった。1つだったものが、霊と体に分かれ、体と霊に逆様になっていく。半霊半物、霊と体、体主霊従。ナギが想念世界で分けたことが、この現界において、霊と体、見えない世界と見える世界に分かれるという現象(形)となって現れた。そしてこの世界の人間は、見えない霊の世界を存在しないものとする。霊と体(科学、物質)、体主霊従。科学、物質(形、型)中心の世。科学が霊、神を封印する。神話の世界を創作だとしたり、過去の歴史の出来事にしようとする。神を宇宙人にしたり、科学、能力の優れた宇宙人が人間を創造したという考えも同じ。見える形でないと信じない納得しない。ナギが想念世界でしたことを、人間は想念を受け継いで、この世の形で再現している。根は地(土)の中にあって隠れて見えないが、存在している。ナギが真界を封印したために根が隠れて見えなくなった。隠された根が、自分を支えている。命の源の真界と根でつながっている(へその緒)。閉じられた世界でも生きていられる。命綱。生命線。


閉じた目(想念)には闇(不調和の響き)に見える(感じる)。


穢れを祓ったということは、その世界(想念)を裁いたこと。穢れたから気枯れたのではなく、穢れたと感じて祓ったから(封印したから)、真気を失って気枯れた。気枯れた世になった。封印した世界が穢れていたのではない、事実は逆、アベコベ。ナギは、祓うことで調和の響き、世界、自分を守ろうとしたが、自分のしたことが逆に世界に気枯れを、曇りを、闇をもたらす事に気付かなかった。世界が真と逆様になっていく。・・・。ナギの想念は神々に遺伝して受け継がれる。閉じられた世は真と逆様。
枯れても根がある。根は地に隠れている。根が自分を真界とつなげ生かし支えている。縁は切れていない、その根を根絶させたらどうなるか・・・。獣は根無し草。肉を食うな草を食えということは?


腹の中の胎児が頭を下に先に逆様になっているが、逆子と言わないのはなぜか。腹の中の世界では正常になっている、当たり前、常識と言う。その逆の状態を異常とする。腹の外の世界から見れば頭を下にしていることが逆様なのに。これが何を意味しているか、何を示しているか・・・。産まれた子は外の世界では立ち上がる。中と逆の状態になる。自立する、立ち直る。


神々の居る高天原(神界)は、真の世界に創られた胎内世界、岩戸内。そこに居る神々は、外の真の世界とは逆様の想念の響きで存在する。しかし、中の神々にとってはその状態は正常と感じる当たり前の常識(空気)、感覚。違和感は、疑いは感じない。もしその中で外の世界の想念の響きを出すものが現れたらどうするか?神々にはその響きが、自分達とは逆の異質なものとして違和感を感じる。正常(調和)を乱すもの(不調和)として感じる。だからそれを排除しようとする。自分達が感じている調和を守ろう保とうとする。空気を乱す、空気が読めない・・・・。どっちが解かっていないのか・・・。


アマテラスは中に入ったのではなく外に出た。だから中の世界が闇(病み)世なった。
八百万の神々はそれに気付かなかった。自分達の方がが岩戸の内に居ることを。檻の中の獣と見ている人間、どっちが檻の中か?神々は乱れた世界を立て直すために、画策してアマテラスを引き戻した。救世主に仕立てた。そして岩戸を注連縄で封印した。アマテラスは自分が世界を救ったと感じた。世の命運は、明運は、自分が・・。自分の力の大きさ、世界での存在の意味を知った。光で闇、影を一掃し、世を遍く照らし世を治める、動かす、アマテラス、太陽神。世界から光を失ったらどうなるか?頂点(ピラミッド)に、世界の中心に光り輝く最高神。世の支配神。世界の主。全知全能の神。八方睨みの神。そして従う八百万の神々。終末に救世主として復活するというイエス。預言成就のため画策する者達、信じる者達。神々の世界(想念の世界)で起きたことが、現界(物質的形の世界)ではこの世界の形、型に置き換えられて、同じ想念(響き)を受け継いで再現される。神界におけるアマテラス(ヤハウェ)は現界においては、イエスという姿(形)として現れる。しかし、同じであって同じではない。想念を継いでイエスとして誕生した。イエスは神の想念に忠実に従って示した。神の想念をこの世界の形で現した。


666、18、おはこ、箱、神々が居た世界は、想念の、箱の中、籠の中、思惑の中、枠の中、元の真の、想念、響きを排除(しめだす)することで創り上げた想念世界。元の真に背を向けて、創った調和の世、誤魔化しの魔の世。偽りの調和。元の響きの調和を曲げて乱した世。想念の曇り。出雲、調和の仮面を被った不調和の世。魔が天使に化けた、化け物の世。真理を曲げる神々の理屈、正義、正当化、闇の世界だから、光(善)で統治しなければならない。しかし、闇を影を排除したつもりでも、闇の世という事実は変わらない。光で誤魔化しただけ。だから何度でも影となって現れる。影は想念が闇であることを見せている。真を封印した想念が闇であることを。影を鏡として見せなければ自分の想念が闇であることに気付かないから。自分が生み出した自分自身。避けることも、消し去ることもできない。光の世を守らなければ闇の世に戻ってしまう怖れ、世が乱れるから、影を消すという守るための戦い。理屈、正義、正当化。闇があるのを知りながら、何故存在するのか気付いていない。神々の想念から見て感じた影を一掃して、光で統治しても、全て百の光の世(調和)は訪れない。666の魔の力で元の世界を覆しても(理屈で引っくり返しても)、999、九分九厘、真を封印した真が抜けたマヌケ(魔の獣)の力では成就しない。真の一がなければ、百(360)にも千にもならない、全て白紙、振り出しに戻る。一、白、百。真を封印したままで始めれば、また同じことが繰り返される。ぐるぐる堂々巡りの輪廻の輪。気付かなければ、その輪、自分を自分が嵌めた輪(ワナ、ナワ)から永遠に脱け出すことはできない。真を封印から解いて出す(素を出す)、想念の気奥に封印していた真剣を出してナワを絶つことが、輪廻の輪を脱け出す転生。神々は自分が自分達が魔であることに気付いていない。前に現れる影が魔だと感じている。自分を見ていない。自分が邪(蛇)と魔。真を誤魔化した魔。正義感が目を曇らせる。善いに酔い、酔っ払い達が動かす天国。闇の中で光を照らしても事故を起こす。真を封印したことが闇の始まり。桃(偽りの百)太郎の鬼退治。真を現す神々を、鬼として鬼門に封印する。鬼(悪)は外福(善)は内。獣を従えた百太郎(アマテラス)は獣の王、百獣の王。百の王ではない。九分九厘の円(善)は百(全)の円に見えてしまう。違和感を感じても無視する。アマテラスそのものが偽りの神(偽物の神)ではなく、偽った神。しかし、八百万の神々も、人間も同じ。皆で協同で世界を創った共犯。誰も自分以外を責められない。


規律倫理道徳常識法律は、無意味、無効力。真理を無視した根拠のないもの。真の世界を奪って我が物として創り上げた世界の、それを維持するための仕組み。嘘つきものが創った偽りの善。それを守らせるために、躾、教育で調教し、世を乱さぬように管理(八方睨み)する。アメとムチ。調教された者は、違和感をどこかで感じながらも、安心安全幸福が得られるならばとその感を無視して従う。「嘘つきはドロボーの始まり」。神の世の想念が人の世に形となって現れる。


全てを白紙(丸裸)に戻して、真(一)を出して百(全)になる。自分の想念(思惑)の世界にとって、不都合な、邪魔、危険として封印した隠した真の赤丸(赤子)を出す。それが、日の丸の姿の意味。真を偽ったふりをした赤丸(光、陽)ではなく。隠したままでは百ではない。全て出さなければ真ではない。忘れられていた真が、圏外(枠外)から、奥底から、赤丸急上昇。隠していた真がいよいよ現れる。


真を閉め出して、自分の善から見た悪を裁いて、偽りの調和、愛、光の世界を創り上げる。逆様、いかさま世界。許し認めなさい、裁いてはいけないというが、その実態は自分の思惑の枠の内ならばであって、一転の曇りなく全てではない。普遍(不変)ではない。思惑によって都合よく変わっていく。どんなに大きい枠、器でも限界がある。無限を語りながら、その実態は限りなく枠を広げて自分が有限の中に居ることを感じなく気付かなくなっているだけ。全知全能という思い込み。枠の際に来たとき、「真と対峙したとき、自分が退治した真と対峙したとき」試される。それを認め受け入れられなければ、化けの皮が剥がれる。枠を広げることができるのも、無限世界に存在して居るから。しかし、逆様の響き、力はいつまでも続かない、有限の世界をどんなに誤魔化しても破綻する。良くなるように見えて、逆にだんだん苦しくなっていく。八方塞、自滅、自壊寸前。闇の力は止みの力。小さな檻に入れられていた人間が開放されて、その外側のより限りなく大きな檻に入ったとき、何を感じるか?自由になった開放感。大きな見えない檻には気付かない。枠の外側の新たな枠。新世界?光の世?天国?アセッション?実は天の獄・・・騙されている者は多い。問題が起きると枠を小さくして規制する。不自由だと不満を言い出すと、枠を大きくして開放感を与えてガスを抜かせて、自由になったかのように思わせる。枠を自在に操作して、人間を枠の外には出さないようにする。枠の中で自由を感じさせて、泳がせている。アメとムチで飼われている人間という獣。


真を封印した舞台上で、善の神々と悪として裁かれた元神々が戦いを繰り広げている。天使と悪魔の戦いは、実は魔と魔の戦い。草を食う獣と肉を食う獣の戦い。同士討ち、共食い、真を除けものにした魔の獣が、自分の影と戦う一人(神)芝居、茶番劇。それに気付かないマヌケもの。戦いに巻き込まれる人間は、何が真か解からず右往左往。その舞台を支えているのは何なのか。認め許しているのは何なのか。真は裁かない。裁けない。真理を示して改心を待つだけ。気付くような仕組みを構えて。それを知らずに苦しくなると責任回避、神は非道だ、助けてくれない、不条理だと、不平不満。想念世界で起きていることは、人間が、形の大地(自然)を壊して塞いで、その上に人間社会、文明を築いてきた事に再現されている。それを忘れて、繁栄、発展?森川海という形が自然ではない、真の想念世界の自然調和の響きをこの世の形、型で置き換えて表し示してているだけ。形の自然を保護しても無意味。想念の自然調和を破壊していることが、形の自然を壊すことに現れているだけ。形で見せて、体験させて、真を思い出すようにした仕組み。見えない内を、外に見える形、型に置き換えて示す。型どうりに受け取れば、真理を取り違える。形、型を守る嵌ることではない。それを維持して満たすことではない。多くのものがそれに気付かずにいる。この世は真を忘れた者達のために、形、型の世界の箱を与え、魂のリハビリ、身をもって体験し学んで真に気付いていく学校、更正施(四)設。中で繁栄発展を目指すことではない。気付いて元の世界、自然調和の響きに戻っていく。胎内で人間から人になって生まれていく、卒業する、入った世界から出て行く。出口は入り口、産道は1つ同じ。「この道はいつか来た道」。形の地球、宇宙から出て行くということではない。想念世界で枠の中、胎内の中に居る、中津神々も同じ。腹の中の胎児から真の神に昇華する。岩戸を神々が閉じたから、世界の仕組みが発動した。人間の居る宇宙も同じ。胎内の我が子を見守る真の親の親心。胎児がへその緒(根)でつながれているように様に、生かされている。真を封印しても縁を切ることはできない。親子の縁は切れない。道を外れた我が子を裁くことはしない。気付く仕組みを与えて、自分で気付くまで行き詰るまで自由にやらせて、改心を待っている。苦は親の与えた罰でも裁きでもない。○×はしない。元々苦は存在しない。真の自然調和に背を向けて不自然不調和になっていることを知らせる苦。不調和の響きが苦になって返ってきているだけ。その仕組みがなければ自らの為していることに気付かない。全ては自分の自由と責任だということに。情けと花の仕組み。改心する時を与えて気付かせて花を咲かせる。隠してきた真の親の自然の響きが全て始動(全開)すれば、胎内世界に築いてきたものは全て全壊する。陣痛、出産の始まり。闇が(病み)が明けて全快する。そして真の自然調和全て光の世の到来、本当のアセッション、昇華。産んだ我が子を全て分け隔てなく救うのが親。悪を排除する神ではない。善も悪もない。裁かない。命に終わりはない、始まりもない。存在(命)は普遍。自分が守っているものを破壊する、奪っていると感じているから、悪の破壊神にして忌み嫌ってきた。もうその誤解は解かなければいけない。自分達の方が破壊し奪っていたと気付かなければいけない。それでも生かされてきた、支えられてきたと。万物を産みなした親心、愛に早く気付かなければ・・・・。真の世界は全て光、自然、調和。元々闇はないから照らす光も必要ない。光は明るいのではない、闇の中で照らす光を明るいと感じているだけ。闇の中に居る人間は明るい光を求める。闇を消す光を幸福、光福だと感じる。まぶしい光に目がくらんで騙される。光に集まっていく。光を闇から救う救世主にする。英雄、スター、闇に輝く星、星の国、。光を手にすると、失えば闇になるから、失うのを怖れて守ろうとする。保身、守るという戦い、その正当化。不安、心配、という闇を消すため、安心、安全という光を手に入れる。自分の闇を消すことが行動の動機。前向きにプラス思考で、も同じこと。胎内の逆様状態から脱して、元の状態に戻って立ち上がる、それが自立、立ち直り。逆様不調和世界から、調和世界へ。響きを元に戻す。逆様で居るから、頭に血(知)がのぼって冷静(霊性)を失う。知恵の蛇がぐるぐると頭をめぐって心を乱す。


某漫画家が家をある色の縞模様にしようとしたとき、それを阻止しようとする力が働いた。縞・・・島、日本、ある色は赤と白。島国日本の国旗は赤と白。家は内。名はウメズ、産め(生め)ず、産めない。内にある真を産めない。真を封印しようとする象徴としての型示し。


指は五本、親指を隠すと四本。真を失った人間は、四足の獣。真(一)を失った四足(止)。正(五)ではなく止(四)。御本が正。親を隠した八方の世(有限)、百獣の王(獅子)が治める世界。親を封印から解いて出して十方(無限)の世。親(素)を隠した神も人間も獣。霊(一)体(止)、ひと。


形や型に現されたことが大事なのではなく、示されている、何か、が大事。見えない想念の世界の響きを、この世の言葉、形、型に置き換えて(変換)して現している。そのままではない。神話神示を型通りに鵜呑みにするから、多くの者が取り違いをする。形のイメージに嵌って留まっている。形の世に存在する者に、できるだけ理解できるようにそう示している。想念の世界が示された形のままあるわけではない。霊の世界をこの世の形を使って「例示」する。響きの世界は形では現し切れない。形にとらわれず、何か、に気付いて理解すればいい。

スサノオ、スサナル、素成る(素直になる)、素鳴る、素の響きを出す神と、素を封印したイザナギ。人間の内に両神は存在している。どっちの神の世界を選択するか。自分が決心するとき。


分かれた世界が、まもなく根源の世界に合流する。
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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