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(ひがい。

前髪を自分で切りました。
ずいぶん伸びて、「うっとおしいな」と感じたので。
私は、もともと美容院にいくのは、好きではない。
つまり、きらいなのだ。
半年に一度ぐらいのペースで行っている。
行ったときには、刈上げない程度に短くしてもらう。
あとは、いつも前髪を自分で切って過ごしている。

で、今回は切り過ぎてしまったようで、サザエさんの「ワカメちゃん」のようになってしまった。
子どもにも笑われています。
まあ、私は「そのうち、伸びるし、かきあげていればわからんやろ」と思っている。

自分がやったことだしね。

でも、これがもし、美容院に行って、自分の思うイメージと違う状態になっていたとしたら、どういう反応を私はしていたのだろうか。

お金を出して、やってもらっているのだから私が思うようにやってもらって当たり前や。
自分のイメージを伝えたのだから、やってくれて当たり前、当然や。
と言う思いから、「被害を受けた」ということになる。
私は、やった人に怒りをぶつけることになる。

事実は、同じ「私の前髪が短くなった、私の思っているイメージと違う状態になった」ということだ。

事実は変わらないのに、なぜそういう反応になるのか。

私は自分でしていることは、自分の責任だからしかたない、自己責任。
私が加害者であり、被害者である。

けれど、人にやってもらったこと、お金を出してやらせたことは、それをやった人の責任、私は被害者になる。
やった人が加害者になる。

これは、実におかしい。

人にやってもらっているのだ。
その人、その美容院を選んで、任せたのは自分なのに。
お金を出したから、私は自分で切るという動作をしないで済んでいる。
それで、お互いギブ、ギブの関係は、済んでいるのだ。

そこにプラス、私のイメージを伝えて、やってもらう。
けれど、イメージというのは、人それぞれが同じにはならない。
できるだけ、近づけることはできても同じにすることは、不可能だ。
そこんところを、お互いが探りあいながらやっていることだ。

イメージが相手に自分の思うように伝わらなかったのは、相手が悪いわけではない。
すべては、自分でしていること。

相手がどのくらい自分の思いを理解してくれているかを判断しているのも自分だ。
そして、相手が自分の思いを理解して、やってくれるだろうと任せたのも自分なのだ。

だから、相手に責任はない。

すべては、自分が選んでいることだから。
選択は、いつもすべて自分にまかされている。

それをすべての人が分かれば、被害も加害もない。

自己責任なんて、ことさら言う必要もない。





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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 美容院 前髪 イメージ サザエさん ワカメちゃん 被害 加害

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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