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(あいまい。

「今日の晩御飯、作ってや」
「ご飯、炊いてや」
「ごみ捨ててきてや」

「いや、今日はつくらへん」
「いや、やらへん」
「いや、いかへん」

私の頼みごと、要求に実に単刀直入にくる返事。

「なんでやの」
「なんでやってくれへんの」
「いつも、やってくれるやん」
挙句に「あんたの仕事やろ」

「いややから」
「今日は、したないねん」

ただ、それだけ。
したくない理由は、今はしたくないからだけ。
今はそうだけど、次はどうなるかはわからない。

いつもしているから、するのが当然、してくれるはずと段取りしていたのは、私の勝手やな。


子どもは、見事にストレートな気持ちを表現している。
「あいまい」な返事は、しない。

いやなことは、いや。
したくないことは、しない。
できないことは、できない。

素直に正直に、自分を出す。

そこに、損得勘定はない。
断るとやばいなもない。
いややけど、やっとこか、我慢しとこはない。

そして、もし「あいまい」な気持ちのまま、ことを引き受けたときは、見事に中途半端な結果になるのも子どもには、誤魔化しがきかない証だ。

私たち大人は、それができる。
曖昧にした、誤魔化した自分の答えに、自分の行動をまた曖昧に、誤魔化しやることができてしまう。
それが、今の世の中では、大人になったといい、それが社会の中でうまく生きていくための身につけてきた、サビやな。

けれど、もうそれも今はできなくなってきている。

一度、曖昧なことをするとまた次も曖昧なことをしなくてはいけなくなる。
その場しのぎのつもりが、止め処もなく曖昧なことをし続けなくてはいけなくなるんや。

ラクを取ったつもりが苦を増やす結果になっているんやな。

今、曖昧にした答えをして、その場を納めることをしても、自分がその答えは違うということを知っている感覚はずっと残ることになる。
今、自分の素直な正直な答えを言って、その場が納まらない結果になったとしても、その場だけの感覚で終わることができるのだ。

どっちにするかも自分だけが選ぶことができる。

曖昧ではなく、真の答えを自分で出す時期がきているということやな。

「アイ、マイ、ミー」 すべて自分のことなんや。




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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 曖昧 アイマイミー

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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