(スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(ありふれた。

いつも見ているもん、いつも聞いてる音、いつもの臭い、いつもの感触、いつも言ってること・・。
いつも、いつも・・・と同じなのに、なぜかいつもと違う感覚、感じ、想いがある。

「ありふれた」いつものことなのに、なんで・・・。

あるもんにふれた感覚。

いつもは、見ているようで見ていない。
いつもは、聞いているようで聞いていない。
いつもは、嗅いでいるいるようで臭っていない。
いつもは、触れているようで感じてない。
いつもは、言っているようでほんとは言ってない。

いつもは・・・・・。

すべては「ありふれた」こととして、自分が避けていることだったり逃げてることだったり。

今のこの瞬間のことに「ありふれた」ことなんてないんや。

「ありふれた」こととして、自分で思い込んでいるだけなんや。

この「あふれた」世の中に、「ありふれた」こととして、自分で自分の感覚、フィーリングを無視している。

「あふれた」世の中なのに、誰ひとり満足、満腹はない。
もうこれ以上何があれば、いいのか。

もともと、すべてあるのに、もっともっとと、言い続けているだけやな。


あ「つ」めんでも、最初から自分がすべて持ってるで。

「ありふれた」中に、ほんまもんがあるんや。

あっちこっち、探しまくらんでも、一番身近にあるいうことやな。

今、在るもんに触れるこっちゃな・・・それが「在り触れた」感覚やな。




もっと詳しく体験したい人は
   ライブステージ 無料受付中
        「おやこ屋」「せんせい屋」 のご案内


ブログランキング参加中 
ご協力頂ける方は下のバナーをクリック願います。


にほんブログ村 教育ブログランキング参加中!
ご協力頂けるかたは下をクリック願います。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ


スポンサーサイト

テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : ありふれた あふれた 感覚 嗅ぐ 感触

コメントの投稿

Secre

同じことでも当たり前になったり、当たり前でないと思ったり・・・
すべてはどっちにでもなれるってことなんでしょうね。
どんなことが起こっても、結局すべて同じやし、違うし。
感謝もいつものことならことさら感謝しなくても、すべてに感謝が当たり前やいうことかな。

私はいつも当たり前に感謝しようと思ってます
当たり前って凄い自分勝手な言い訳で
当たり前だと思っていたことほど
見過ごして蔑ろにしているくせに
当たり前じゃなくなると
凄く悲しくなったりイライラしたりするんですよね
といいつつ自分勝手な当たり前に浸る毎日です
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

Dリンク
D最近の記事
Dブログランキング
ブログランキング参加中! ご協力頂ける方は下のバナーをクリック願います。

にほんブログ村 教育ブログランキング参加中! ご協力頂けるかたは下をクリック願います。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
Dメールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

D最近のコメント
Dカテゴリー
D月別アーカイブ
DFC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
QRコード
QRコード

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。