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(あくま。

我が家の娘は、小さいころ「天使のお使いみたいな子やね」と言われていた。

なぜこのように言われていたかというと、親や先生などの都合上「一切、手のかからない子」だったからだ。

娘は、三人兄弟の真ん中で、学年では2年離れているが、実質弟ができたのは娘が1才半のときでだった。

「生まれたときには、2才上の兄がいて、気がついたら弟ができていた」という感じだ。

いつも、兄のお供であちらこちらに連れて行かれ、手のかかる弟の面倒をみる気丈な、おりこうな子になっていた。

いや私がそうなるように仕向けていたのだ。
そう、娘がそうなっていてくれないと私には都合が悪かったのだ。
娘は、だだをこねて泣くこともない、いつもニコニコしていた。
「天使」だった・・・。


娘が小さいころ、私に甘えてきた記憶があまりない。
私には甘えず、幼稚園にいってるころには、先生の補助でついている若い先生にいつも甘えて引っ付いていた覚えがある。
その先生には、私にはしてこない甘え方をしていた。

私はその光景を見ながら、「私が甘えさせていないと思われるやん、私に甘えんとかわいげの無い子やな」などと思っていた。

自分でしていることを見ることもしないで、娘に責任を押し付けていた。

私には、その時の娘は「悪魔」に見えた。

私を横目に先生に甘え、引っ付きなから、私に「あかんべー」をしている「悪魔」・・。

私が娘に甘えさせないようにしていながら、こんなことを思っている。


娘は「天使」だった。

娘は「悪魔」でもあった。

そう、「天使」も「悪魔」も同じ。

自分の見方が違っているだけ。

一方からみれば「天使」、もう片方からみれば「悪魔」・・・。

すべては、自分が勝手に創り出していること。

自分の都合で天使にも悪魔にもみえるのだ。


どっちでもないし、どっちでもありなのだ。ころころ変る。

悪魔も天使もありゃしねえって、それを見ている、いっている、やっている、感じてる・・・

すべては自分がいる、創っているだけだな。







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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 悪魔 天使 兄弟 先生

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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