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(ものごころ。

子どもが大きくなってくると、よく「ものごころついたころ」というのを使う。

この「ものごころつく」っていったい、どんなこと?

私の感じとしては、「子どもが少し分かってきたころ、自分と他の区別をするようになったころ・・・」だったが・・・。。


「物心」つく、もののココロがついてくる。

今まで、自分というのと他というのを分けていなかったことが、このころになると、分かってくること。

他との区別をさせて、比較するこころをつけさせていく。

今まで自分の世界で素直に正直にやっていることを、自分以外に意識を向けさせていっている。

それと同時にモノに対する執着も生まれるんだな。

「モノがほしくなる心」

モノに対する執着、「もっと、もっと、もっと・・・」というのが、ついてくるんじゃないかと思うのだ。

それによって、競争する心というがついていく。

「ものごごろ」つく、つけることないな。







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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

Secre

まみよさんへ

コメントありがとうございます。

> ものに対する思いやりの心も
> 生まれてくるのかな、と思いました(^^)

そうですね。
「ものごごろ」とは、もともと備わったものであったはず。
それを先に生きている大人が「ものごころ」に執着やら分別をつけるように、変な方向に引っ張っていってるのです。
「ものごころ」を都合よく利用しているですね。

はじめまして♪
教育に関心があって、ちょっと遊びに
来てみました☆
「ものごころ」なるほどです。
ものに対する執着もあるけれど、
ものに対する思いやりの心も
生まれてくるのかな、と思いました(^^)
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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