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(しつもん。

子どもが、言葉を覚え、なんにでも興味が出てくるころになると、「質問ぜめ」にあった。

どんなことにも、「なんで、どうして、なぜ・・・」と答えた尻からどんどん聞いてくる。
最初は、こちらも真剣に子どもの「質問」に答えようとしているが、だんだんといい加減になってきていた。

それでもなお、子どもは、「質問」を浴びせてきていた。
あるところから、どちらが根負けするかになっていた気がする。

子どもにとって、見るもん、触るもんが不思議な世界なので、「なんで?」と素直に疑問に思うことは、自然なことかもしれないが、それをすべて、親である私が答える必要はないんだな。

それを、必死にやっていると、子どもは、「質問」のための「質問」を用意するようになっていく。


本当に子どものほうで、そのことについて知りたければ、子どもが、考え、調べることをするのだ。

子どもであっても、その「質問」が出るとき、真剣に知りたい、分かりたいと思っているなら、自分なりの答えを持っている。


それと、違うことを親から聞いたとき、親がいい加減に答えたときには、また次の「質問」を浴びせているのだ。

つまりは、自分で「答え」を持っているのだ。



これは、親も一緒である。



自分が何か「疑問、質問、分からないこと、知りたいこと」が出てきたときに、簡単に誰かに聞いて済まそう、自分で考えたり、調べたりせずに、誰かに答えを「教えてもらおう」としている。

先生や親、自分よりよく知っているであろう人を探して、聞き出そうとしている。

その人が、そのことを分かるために、知るためにどれだけの情報を集め、努力したかなど、お構いなしで、先生なんだから、親なんだから、上司なんだからという勝手な自分の都合で、「教えろ」と言っているのと同じであるのだ。

「質問、疑問」というのが「十人十色」なように、その答えもそれぞれ、違うのだ。

「正しい、間違っている」というのは、今の世の中でのルール、法律にすぎないのだ。


「質問、疑問」に答えを求めているなら、まずは、自分で考えてみることだ。

それをしないで、誰かにぶつけているなら、自分はその人のいうとおりに、すべてすることを選んでいることになる。

どんな答えでも受け入れる覚悟が必要だ。


子どもの「質問ぜめ」には、いい加減に答えるのではなく、
「オウム返し」が一番有効である。
「なんでそうなるの?」
「なんで、かな?あなたは、どう思うの?」



それは、自分にも言えること。

自分で質問し、自分で答える。

「自問自答」が、すべてにできるのだ。







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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 自問自答 質問 十人十色 オウム返し 知り

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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