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(め、みみ、くち。

世の中の三連休というのが終わった。

学校も仕事もまた、今日から始まる。

今の私のとこは、世の中の休みとは全く関係のないところで動いているので、三連休というものがピンとこなくなっている。

3年以上前は、世の中の休み、動きの流れの真っ只中にいた。

今より経済的には、ラクだったような気がするが、なぜかいっつも、不安やったし、「これから先どうなるんやろ」という思いは、今よりも強かった。

経済的に心配のない状態なんて、いっつもなかった。
世の中の動きに合わせている限り、それは永遠に続くのだろう。
経済的なことだけでは、ない。
世の中の常識や当たり前に合わせている自分がいる限り、不安や心配が際限なく続くのである。

常識や当たり前は、それぞれがそれぞれの都合で創っていることにすぎないことだ。
それが、絶対ではないのだ。



子どもは、毎日学校に行き、夫は、会社、私は、主婦をしながら、塾をしていた。
お互いが、それぞれの場所で、いっぱいいっぱいになっていた。

私は、「子どものこと、夫のこと、塾のこと」を気にかけながらも、自分なりの優先順位をつけて、「見ぬフリや聞かぬフリ」を、きめこんでいた。

大きく開けているはずの眼には、世間の常識というフィルターがかかっていて、何も見えていなかったし、見ようすることさえしなかった。

そんな、私の曇った眼を覚ましていたのが、今思えば、いつも子どもたちだった。
子どもは、いろんなこと、私の凝り固まった、常識を覆すような出来事を、そのポイント、ポイントで見せてくれていた。

私が、それに、気づいたのは、最近である。

私は、口だけがどんどん大きくなっていたんだな。
子どもに向ける、大人という親という印籠を使った、大きな知ったかぶりの口をきいていた。


よく聞くことをせずに、いつも先に口出しをして、子どもの体験を奪っているのだ。

そして、自分も子どもの言っていること、やっていることを聴いたり、視たりすることで気づけることがたくさんあるということだ。

大きくなる必要のあるのは、耳と眼であったはずだ。

世の中で今色んなことが起こり、これから先の不安や心配をあおっている。

それは、そうしとかないと都合の悪い人たちがいるということでもある。


自分ができることは、自分の大きな眼を開け、自分で確かめることだけだ。

口は、自分の思い、考えを伝えるために使い、責任転嫁の「言ったもん勝ち」はないのだ。

耳は、聴くためにあるのだ。

すべてを使って「ちゃんと、効けよ」



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テーマ : 教育って何だ?
ジャンル : 学校・教育

tag : 三連休 学校 仕事

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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