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(がっこう。

我が家の近くにある「京都イオンモールハナ」に買い物に行った際、ランドセルを買いに来ていた親子とおばあちゃんらしい人がいた。

おばあちゃんが男の子に「どのランドセルがいいか」を聞いていたが、男の子は知らん顔、何か不機嫌そうにしている。

そして、「俺、ランドセルなんていらんもん」と言い放っていた。

するとお母さんが、「何言ってんの、ランドセルなかったら、学校行かれよ、4月から小学校行くんよ」
男の子は、「俺、学校行かへんもん、だからランドセルいらん」
おばあちゃんが「もう、この子は何言ってんの、学校行かなあかんのよ、みんな行くんやから」

・・・と、まあこんな会話がされていた。

男の子は「学校にには行きたくない、なんで学校にいかなあかんのか」と思っているようだ。
それを必死で説得しているお母さんとおばあちゃんであるが、どれも男の子の納得する答えができないでいた。


それは当たり前だなと私は思った。

私もそうだったように、何で学校にいっているかなんてホントのところわかんなかった。
私の子どもたちは、幸い(?)にもこの男の子のような、考えをしてこなかった、いやさせなかったので、このことを深く考えることもせずに、今に至った。


今は、「うーん、何でみんな、同じ年齢で区切って学校に行かなあかんのやろか」って、この男の子のように素直に感じているのだ。


先生をやっていたときには、学校自体に何も疑問は、持たなかった。
私なりに、子どもたちに、色んな知識を教えることに一所懸命やっていたから。
でも、色んなことを教える中で、色んな子どもがいて、それぞれのペースがあるのに1年毎に次にあがっていくことに、無理、無茶があるなと思っていた。

けれど、システム上、そうしなければならないから・・・。あきらめていただけ。
それを、「いいとは思っていない、諦めであった」
「しかたない、どうしょうもない、どうすることもできない・・・」
諦めの教育をしていたのか・・・。

塾のときは、それぞれのペースにあわせて、知識を教えていけたが、学校というベースがあるので、子どもや親が学校と極端に放れることをいやがった。
私は、お客である子どもや親の要望を聞いてしまっていた。
ここでも、諦め、自分を誤魔化した諦めだ。


今までの学校のシステムで何も問題ないのであったなら、今のままでいいのかもしれないが。
今学校が、教育がおかしいと皆が感じて、思っている、ここらで皆が真剣に考えないといけない。

私が感じていること、思っていることは必ず何処かで、誰かが感じて、思っている。
それを一人一人が声にしていけば、変わる。


なんで、同じ年齢になったら同じように学校にいかなければならないのか。
それが、平等、自由というのでしょうか。

それぞれのタイミング、リズムで自分に必要なことを自分で選び、学んでいけることのほうが、ずっと、自然に平等、自由なことだと思います。


今、色んなことが混乱している、このときがチャンスなんだと私は思います。




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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 教育 学校 男の子 ランドセル 京都イオンモールハナ 自由 平等 混乱 チャンス

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Secre

海のいるかさんへ

今年もよろしくお願いします。

何かあったときに、初めて気がつけることが多いですよね。
普通の基準は、一人一人違っているのだと思います。それを無理に統一しようとすろことから、混乱が起きているんだなと感じます。
混乱をして、そこから自分なりの統一ができていくのです。

すべて、さかさまに今なっていますね。

確かにそうですね。
普通(それを普通というかは別として)に学校行って問題なく過ごしていたら、たぶんかんがえないでしょう。だってそれが当たり前なんだから。
でも、やはり無理がある。すべてにおいて“普通”で“平均的”で“問題なく過ごせる子”だけが生き残れるということか?
根本的な事、問題意識も持たないほどに
頭が出来あがってしまっている。
私も子供が不登校にならなければ、多分そのままだったでしょう。
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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