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(その怒りは、どこから。

我が家の近くに「ローム」という会社があり、クリスマス1ヶ月前からクリスマスまで、会社周辺の樹にイルミネーションがされている。

何年か前からやってるらしく、週末ともなると大勢の人で賑わっている。
イオンのショッピング街が近くにあるので私も何度か通りかかっている。

先夜、通りかかった際に、5,6歳ぐらいの男の子がお母さんにエラク怒られているのを見かけた。

聞いていると、どうやら見物中にはぐれてしまったようだ。
おそらくお母さんは、いなくなったわが子を必死で探し、やっと見つけたのだろう。
男の子もお母さんとはぐれたことをどこかで気づき、泣きながら探し求めてのだろう。

お母さんは、男の子のおしりをたたきながら、叫び怒っていた。
男の子は、泣きながらも「はい、はい、ごめんなさい・・・。」と必死でお母さんに謝っている。
この繰り返しが私が通りすぎるまでに3,4回行われていた。

私は、昔の自分を思い出していた。
私も今のこのお母さんと同じことを何度と無く、ことあるごとに子どもにこうやってきた。

子どもに次にこんなことにならないように、こっぴどく叱っっている、子どものために、子どものことを思って・・・「そう」そのつもりであった・・・。

子どもは、時として私が予想もしないことを色々やらかすから。
「そう」私にとって、子どもは何をやらかすかわからない、厄介な存在だったのだ、この言葉の表現でわかる。
私は、出来事が起こるとすべて子どものせいにしていたのだ。

私は、自分の心配、怒り、不安を子どもにぶつけていたのだ。

どう自分を正当化してみたとしても、私は私の怒りが納まるまで、子どもを怒りつづけていただけだった。


私が子どもを心配していた、子どもを大事に思っていた、子どものためを思っていたのは、紛れもない事実だ。

けれど、それと子どものした事に対しておこる、イカルというのは、別なことなのだ。
私は、「子どもに私がこんなに心配しているのに、この気持ちどうしてくれるの、責任とれ」といって怒っているのだ。


子どもとはぐれて、子どもの安否が心配で必死で探したお母さんの気持ちに偽りはない、けれどそれは、お母さんのこと、お母さんの問題なのだ。
で・・・子どもが見つかり、子どもが無事であったのだから、何も問題はないのだ。
そこには、怒りはないはずだ。
怒っているならば、それはなぜ?


子どもは、お母さんの言ったことを守らずに一人でどんどん自分の興味のまま、素直に行動し、お母さんとはぐれてしまった・・・。
これは、子どものこと、子どもの問題なのだ。

はぐれたことに気がついてからは、不安になり必死でお母さんを探し求めたのでしょう。
もう、十分自分でしたことがどういうことだったか、分かったはずです。
子どもはちゃんと自分で行動し、体験できたということ。
何も問題はない。


親子であっても、共通に起こったことであってもそれぞれ別のこと、別の問題なのです。
お互いがそれぞれ考えることなのです。

親だから、大人だからといって、正しいこと、良いことを言ってるとは限らないのだ。

「そう、そう、そう」思いこんでるだけ、それは逆さま。
「うそ、うそ、うそ」自分を誤魔化すために都合よく利用しているだけだ。


それが分からずに、子どものしたこと、起こした事を子どもだけの責任にしているのだ。
子どもに自分の怒り、不安、心配をぶつけるだけでは、何も子どもに伝わりっこないということだ。

子どものことを思わない、心配しない親はいないと思います。
ただ、その大義名分を利用して、子どもに自分の怒りの責任を取らせていたということに気がついた。

怒りがどこからきているのか、それは自分が知っている。

子どもや家族、自分の周りの人たちとのかかわりの中で、怒りや心配、不安が出てきたときも、相手に怒りをぶつけても何も変わらない。

自分にぶつけても何も変わらない。

ただ、自分になぜそのような感情がでているのかをみていくだけだ。
どんな出来事が起こっても、感情を創りだしているのが、自分であると気がつけば、自分が本当に楽になれるのだ。

人の責任、人のせいにしている限り、何も変わらない。

自分は、自分を変えることしかできないのだ。

この出来事に遭遇したことで私は私のしてきたことを再確認することができた。
すべて無駄がないということだ。




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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : ローム クリスマス イルミネーション イオン スーパーお母さん ショッピング週末

コメントの投稿

Secre

出来事は、気づくためのすべて、自分の教材なんですね。
それに気づいたなら、変えればいいだけですね。


そう、以前の私もこのお母さんと一緒でした。
最近になって当時を思うと胸が痛む時があります。自分の中の問題を子供のせいにしてしまっていたんですよね・・・。


> 母は自由に個性的に育てようとしていました。
> それを乗り越えた今、お母さんの苦しみも分るような気がします。
> 彼女も色々な社会での面子に縛られていたのですね。

お母さんも苦しんでいたと思います。
ヘットマンさんが、行動したことでお母さんも気がつかれたことがきっとあると思います。

出来事があったときには、片方だけの課題ではないと思います。
お互いが必要な課題だから、関わっているのです。
それに気づき、自分の課題は自分でやっていかんとまた、同じ課題がやってくる。
避けることは、できないんですね。

私の母親はヒステリーでした。

母は自由に個性的に育てようとしていました。

しかし、社会への面子があり、自分の基準の枠を超えてしまうと、ヒステリーになります。

優等生の時は母も喜ぶし、ヒステリーも無い。点を取るのが面白かった、自分の人生がそこに無いことに気づくまで。

登校拒否…辛い暗黒の時代でした。

それを乗り越えた今、お母さんの苦しみも分るような気がします。

彼女も色々な社会での面子に縛られていたのですね。

今、30を超え、外国に飛び出して、親元を離れて10年ぐらいになります。

色々なことを考えます。

多くの日本人は子供に期待しすぎではないでしょうか。

ちょっと手のかかるの子の方が大物になるような気もせんでもないですが…

ただ今、自分の息子は2歳半、子育てのことは、まだ分らないですが、腕白に育って欲しいと思っています。
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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