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(いがく。

先日の風邪を引き受けたときもそうだったが、私は産まれてからお医者さんに行ったり、薬を飲んだりすることがあまり好きではなかった。
好きではないというより、医者と薬とは縁がなかったのだ。

私は、6歳まで戸籍がなかったので、産院から出てからは、保険なるものがなかった。
貧しい私の家では、医者には容易にかかれなかったから。
母は、私が熱を出したり、痛みがあるときは、いつも傍にいて、見守ってくれていた。
母が手を握っていてくれるだけで安らいだことを覚えている。
医者にも行かず、薬も飲まずに治っていた。
予防接種なども受けなかった。
何も困らなかった。

今もそれは同じだ。
医者にも行かないし、薬も飲まない。
病を引き受けたときは、ただひたすら、ジッとしている。
熱が出ても、痛みがあっても耐えることが、今の私にできる治癒方法だと思っていた。
それを他人は「我慢強い」といっていたが、私にとって一番早く治す方法だということがわかっていた。
けれど、そんな私でも、あまりの熱や痛みに不安、心配になり医者や薬に頼ったこともあるが、それをすると、かえって長引く経験を幾度もしてきた。
治りはするが、後がしんどい。
それを、私からすると薬の後遺症なのだ。
そして、再び同じ熱や痛みに襲われることになる。
無理ヤリ治したことには、無理があり、歪がくるのだ。
これは、当たり前、自然の摂理だ。

私の3人の子どももほとんど病院には行っていない。
最初の子の時は、不安もあり何度か救急で病院に駆け込んだこともあるが、病院の対処が通り一遍の診断であったこともあり、次第に病院には頼らなくなった。
私は、病院に行ったとしても、貰った薬をすべて飲ませることはしなかった。
私は、私がいつも子どもを見守って、様子を見ながら、その都度対処をしてきた。
それは、私が子どものことを一番知っている、分かっているから。
その能力をみな持っている。
子どもの状態を見極めることができる。

世間の親もそうだと思う。
産まれてからずっと見守ってきている、自分の子どものことを一番わかっている、知っているのは、いつも身近にいる母親や父親だと思うのだ。
子どもの異変に一番敏感なのだ。
何が子どもに起こっているのかは、医学の知識がなくても十分わかるのだ。
けれど、その感覚をどこかに置いて、医学や薬に頼り、自分で治す力を弱らせている気がする。
自分で治せる病もある、自然治癒力を持ち合わせているのだ。

これを、今忘れている。
医者や薬を重視している。
一人、一人それぞれが違う。
何人かの子どもがいる人はよくわかると思うが、同じ風邪だと思ってもその症状は違うし、対処の仕方も違うのだ。
それを通り一辺倒に同じ薬では治らない。
色んなやり方、選択があっていいと思う。

だからといって、医学や薬が必要ないと言っているのではない。

それぞれに、一番いい方法がある。
それは、ひとり一人違うのだ。
それを今一度考えてみたらどうか。

病気だと思われる症状がでたら、医者に行く。
これを当たり前、そうしないといけないと思い込んでいないだろうか。
医者に行けば治る、薬を飲めば治るとは限らない。
もしかしたら、医者に行かなくても、薬をのまなくても治っているかもしれない。
「病気イコール医者イコール薬を飲む」という選択をし続ける限り、どっちがいいのかわからない。
どちらの選択があってもいいのではないか。

昔から「病は、気から」という。
「気」と言うのは、「想い」である。
自分の「想い」も然り、他人の「想い」も然りである。

すべて「想い」によって「病」は引き起こされている。
「想い」は、医学でも薬でも治ることはない。
それを無理ヤリ治したとしても、完治はない。
だから、病が次々と引き起こされていくのだ。
「病」は、続くことになる。

「医学や薬が絶対的なものではないこと」を、私は私の体験から言えるのだ。






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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 医者 医学

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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