(スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

(隠す

先日、支払のための現金が必要になったので娘から借りようと交渉したが「いや。」と断られた。
娘は、アルバイトしたお金を毎月貯金していたはずなので(貯金するといつも言っていた)持っているはずなのだが、なぜか頑なに「いや。」というばかりだ。

私は「1週間後には返すから貸してほしい。」と交渉してみたが娘は「いや。」というばかりだった。
「もっているお金を今だけ貸してよ、お願いします。必ず返すからね。」と言っても「いや。」というばかりだった。
いつもなら、なんということなく貸してくれるのだが・・・。
そして、だんだん娘は不機嫌になっていった。
う~ん?なんかおかしいぞ。

「もしかして、お金がないの?」というとますます怒った風で「あるけど、いや・・・。」
「あるんだったら、頼むから今だけ貸してよ、お願いします。」
私が執拗に言うと「いやゆうたら、いやや」。とますます機嫌が悪くなる。
「なんでいやなん?」というと、娘は黙ってしまった。


結局、娘は貯金していなくて、お金がなかったのだ。
私に「バイト代を貯金する。」と言ったのでそれをしていないのを隠すために、怒ったり、不機嫌になっていたのだ。

3年前の私は「貯金をする。」と言っているのにしていなかったら、娘を叱り飛ばしていた。
このことが娘には残っていて「私に怒られる。自分は悪いことをしている。」と思っていたのだ。
だから隠そうと必死だった。
必死に隠そうとすればするほど、娘の言動がおかしくなっていたのだ。


今の私は「バイト代は、娘が働いて得たお金だから私が口出しできるものではない。親だからといって娘にその使い道まで指図できるものではない。娘がどうするかを決めればいい。」と思っている。

娘の今回のような行動は私が今まで娘にしてきた教育の結果でもある。娘が隠しているのではなく私が隠すようにさせてしまったのだ。
また、それを受け入れているのは娘なのでどちらがいい、悪いの判断はできない。
どちらもの思いが重なって「隠す」という行動になっているのだ。


娘は、最初バイト代を貯金すると決めていた。けれど途中でそれが今はできないと思い、貯金しないという選択をした。このことも娘が決めたことだった。それ自体に何の問題もないのだ。

しかし娘は「貯金ができないことを悪いことをしている」と思っていたのだ。

私たちは、何か自分に都合の悪いことを隠そうとすると娘のような行動をとる。
これは「自分で自分のしていることを悪いことだ」と思っているからだ。
行動自体を価値判断して自分で自分を苦しくさせているのだ。

娘は「これでいいのか、こんなことしていていいのか」という思いがあったのだ。
その思いを残したまま次の選択をした。

だから私が「お金を貸してほしい。」というとお金がないこと、貯金していないことを隠した。

「私に怒られる。悪いことをしている」と思っていた。
娘には自分がとった選択に対しての後ろめたさ、悪さというのがあった。
隠そうとすればするほど自分の中に不安が広がり、それが怒りに変わり、ますます自分が苦しくなっていたのだ。

それは娘がこれからやりたいことのために必要だからという理由で選択したのだ。
けれど、途中でその選択を変えた。貯金することができなくなった。
だから「今は貯金しない」と決めたのだ。

けれど、娘は最初に選択した思いを残したまま、それをできないことは「悪いこと」「×」だという思い残したまま次に出てきた思いを選択をしている。それが自分の素直な気持ちだと思っていた。

けれどそれは違っていた。

「悪いことをしている」つまりは、自分の中にせんたく(洗濯物)を残したまま次のせんたく(洗濯)をしているので前のせんたく(洗濯物)が残ったままの状態でせんたく(洗濯)してしまっているのだ。

だから、最初のせんたく(洗濯)が出来ていないことを私に触れられたときに反応する行動に出たのだ。
そのせんたく(洗濯物)に触れられることを恐れて隠そうとしていた。
貯金していないことを私に言えなかったのだ。

自分の選択したことを変えるのも自分の自由だ。
だから自分が「これでいいのだ」と思っていれば何も問題はなかったのだ。

隠すということは、自分でそのことが悪いこと、「×」と思っているからとる行為だ。
なんとも思っていないことは隠そうともしない、隠す必要がないということだ。
隠す行為をするということは、何かを誤魔化している自分のことを知っている、判っているということだ。

どんな選択をしてもそれが自分の思いに素直で正直であるなら、その選択に「○」「×」の判断をつける必要などない。隠す必要はないのだ。
自分がその選択にオッケーを出せばいいだけなのだ。



自分の本当の思いに気づくライブステージ 無料受付中
        「おやこ屋」「せんせい屋」 のご案内


ブログランキング参加中 
ご協力頂ける方は下のバナーをクリック願います。


にほんブログ村 教育ブログランキング参加中!
ご協力頂けるかたは下をクリック願います。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

スポンサーサイト

テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 隠す 現金 貯金 バイト 執拗 交渉

コメントの投稿

Secre

seitoさんへ

コメントありがとうございます。

そうです、あなたの言ってる通りだと思います。
先生は自分の立場を守るために生徒をコントロールしている。
生徒もまたそのことをわかっていながら、先生のいうことに従って学校生活を続けている。
どちらも損得勘定でお互い依存しあっているだけなのですね。
教育がおかしくなっている。
世の中、おかしいのです。
わかった人が「おかしい」と言っていくしかないのです。誰かがしてくれることではないのです。

seitoさんのブログのURLを教えてくださいね。

はっきり言って、最近の教師はクズばかり・・・・。生徒の話を聞かないし、すぐ感情的になって怒鳴り散らすし、たとえ生徒が正論で異議を唱えたとしても、教師という立場を利用して上から押さえつける。
そんな教師たち許していいのか?
教師は思いあがっている。生徒がいなければ食っていくこともできないくせに、偉そうに生徒を叱る。なぜだ?なぜなんだ?
教えてくれ!!
Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

Dリンク
D最近の記事
Dブログランキング
ブログランキング参加中! ご協力頂ける方は下のバナーをクリック願います。

にほんブログ村 教育ブログランキング参加中! ご協力頂けるかたは下をクリック願います。
にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
Dメールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

D最近のコメント
Dカテゴリー
D月別アーカイブ
DFC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
QRコード
QRコード

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。