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(できごと。

昨日の夕方、次男と買い物に行きました。

次男が私のサンダルの後をを引っかけてサンダルが破れてしまいました。
次男は、「しまった・・・。」という顔をしていました。
以前の私なら、次男をしかりつけておしまいにするだけでしたが今は、違います。

このことが起こったのは、なぜか?
次男とともに考えました。

私たちは、何か起こった時にその起こった出来事に対してどう考えるのでしょうか?

「サンダルが破れてしまったことは、悪い事だ。なんでこんな悪いことが起こったんだろうか?」
「それとも、何かもっと大きな災難を避けてくれたんだろうか?大難が小難になったんだ、ありがたいな!」

これって本当なんでしょうか?

サンダルが破れたことは、悪い出来事だったんでしょうか?出来事に善い、悪いがあるのでしょうか?
出来事は、ただ単に出来事であって、そこに善い、悪いを自分が勝手に価値判断しているだけです。

サンダルの件もただの出来事なのです。

出来事を価値判断するのではなく、なぜそのような出来事が起こったのかを考える教材にすればよいだけです。
そして、その時の自分の正直な気持ちに視点を向けることです。視点の変換です。

出来事は外にだけ起こっているのではありません。自分の内にも同じことが起こっているのです。
外も内も区別はないのです。すべて同じことが起こっています。


次男にサンダルを踏んだときがどういう気持ちだったのかを聞いてみました。
次男は、購入した物を早く袋に入れないといけないと思い焦っていたのです。だから、前を歩いていた私の動きが判らず、サンダルの後ろを踏むことになったようです。早く早くと焦っていたのです。

なぜ焦っていたのか?

小さい頃より次男は兄や姉に追いつきたい、遅れないようにといつも焦っていたのです。私がいつも早く早くと焦らせていたのです。私は、私の都合で次男にいつも早くするように強いてきたのです。
次男は、小さい頃より私から見れば失敗や私に世話をかける子でした。私にとって手のかかる子だったのです。私は、次男のすることにいつも早く早くとせかせていたのです。次男が焦っているのではありません。私が焦っていたのです。

私は、次男がよく失敗をするのは慌て者で、落ち着きがなく、思慮深くないためだと思っていました。実は、すべて私が次男にそうさせてきたのでした。
今回のサンダルの件で今までの次男の行動を理解することができたのです。
私が次男に焦るよう、急ぐように仕向けていたということです。
次男は、焦る必要は何もなかったのです。焦らなくても最初から彼のペースで出来ていたことを私が出来ないようにしていたということです。



私たちは、何かことが起こったとき○、×で価値判断をしています。

起こった出来事を○、×で価値判断しています。×と判断した事象には、なんとかそれが○に変わるような意味づけをしているのです。
×と思った出来事は、いつまでも×のまま残ります。意味づけを変えただけで×が消えるわけではありません。×が残ったまま、その中に○を上塗りしているだけなのです。

起こった出来事は、○でも×でもないただの出来事なのです。
出来事がなぜ起こったかを自分が考えればよいだけです。価値判断は、いりません。

出来事が起こった時の自分の正直な気持ちに視点を向ければよいだけです。

サンダルの件は、次男が以前から私に早く早くと言われてきたことが引き金となり起こった出来事だったのです。次男は、急いだり焦ったりする必要がないことに気がついたのです。私も次男を焦らせていたことに気がつきました。

私たちは、子どもとの関わりの中でいろんなことに気づくことができます。

「いちみの教室」では、視点を変えて子どもと向き合う親子対象の「おやこ屋」、先生対象の「せんせい屋」を開室しています。

今までと違った視点で子どもと向き合うことによって、悩んだり苦しんだり、問題視していることがすべて解消できます。

子どものことは、親であり先生である、あなた自身のことでもあるのです。
すべてひとつ、同じことです。





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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 次男 サンダル 視点 × 夕方 買い物 せかす 早く

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Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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