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(まる。

すべて、○から始まっている。

○で終わり、○で始まる。

すべて○。

×から始まっていては、永遠に○にはならない。
数字も0、○からだ。
0に何をかけても、○になるもんな。

すべては、○や。

×は、○の中に作り出したもんや。
あとから、×で分けただけ。
×で分けた中に、小さな4つの○を作りだしている。
小さな○の中に×を作り出す。
いつまでも×を作り、それは際限なく繰り返されているのだ。
×は、分けるために作りだしているだけのことや。

もともとない、罰を自分の都合で作りだし、それを皆で与え続けている。

罰を与え、苦しめているつもりが結局自分を苦しめることになっている。

分けて分けられ続けて、ますます細分化されて、×ゲームが続いているんやで。
○×ゲームではない、罰×ゲームをしているのだ。


元々の○を忘れているから、いつまでやっても、○にはならない。
「いいんだよ、それでOK・・・」と言いながら、×を隠し持っている。
いつも駄目だししているんやな。
自分にも、誰かにも。

終わらないゲームや。
終わらんから、始まらん。
始まらんから、終わらん。
堂々巡りのゲームやで。

終われるんは、自分だけや。
人任せには出来ないことや。

ホンマもんの○を出せるのは、自分が自分にだけや。

地球という丸い中で、×罰ゲームを続けている。
そんなことをいつまでやり続けるのか。

いつも自分の作り出した罰で、誰かを裁いている。

誰かを裁いた罰は、周り回って、自分の戻ってくるんやで。

自分も含めて誰も裁くことはできないんやで。

だって、地球は○いんだからな。

すべては、○見えやで。







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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

tag : ×

(ちょうどいい。

今日の夕食は、次男が作る「親子丼」や。

私には、少し味が濃かった。
次男には、ちょうどいい味のようだ。
次男は自分に丁度いい味付けをしている。
次男の料理だから、当たり前だな。

それぞれにちょうどいい味がある。
作る人の味付けになる。

味は、自分が感じるもの。
だから、皆違うもんや。
わかるのは、自分の丁度いい味だ。

丁度いいは、自分の感覚。

自分の丁度いいを、一人一人が分かっていればいいだけだ。
違っていいのだ。

自分の味は、自分が出すもの。
誰かにあわせる必要はない。

ピリッと辛い味。
トロッと甘い味。
うまい味、苦い味。

味わい深い。
味は、人の数だけあるんやな。

味は、そのときその瞬間に変わる。
自分の感覚だけを信じて、味付けをする。
それが自分に丁度いいんや。
皆が自分に丁度よくなれば、皆丁度よくなるよな。

自分のすべての感覚を使って、丁度いいを創りだす。

丁度いい。
自分の丁度いい感覚。
それは、自分の一番素直な正直な感覚なんや。
誤魔化しは効かないんやな。

ちょうどいい。
いいあんばいやで。




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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : ちょうどいい いいあんばい

(もんくはない。

昨日のこと。
娘が出かける準備中、Tシャツのネクタイがないと騒いでいる。
娘は、「洗濯かごに入れた」と言ったが、私が洗濯を干す時にネクタイはなかった。
だから、私は「知らない、見ていない」と言ったが、娘は「母さんがまたなくした」と言って怒っている。
私は、干した記憶がなかったが、もしかしたら私の思い違いかもしれないと捜してみたが見つからなかった。
娘は、激怒しながら「もういい、捜さんでいい」と言い放った。
洗濯場の隅に落ちているのを娘が見つけた。
娘の怒りは、最高潮になった。
「私のもん、無くさんといてや。ちゃんとやってや」と言い放った。
私は、私が見落としていたことを謝った。


が・・・。
おかしいぞ。
その洗濯ものは誰のや。

わが家では、自分のことは自分でする。
これが、わが家の掟なのだ。

洗濯も掃除も食事の用意もすべて自分でするのが当たり前や。

その掟に従って、それぞれに都合があるから、交渉で誰かにやってもらっているだけなのだ。

今は、私と次男がおもに洗濯、掃除、食事の準備をやっている。
それが今のわが家では、一番いい形だから。
そうなっているだけのこと。
それは、固定ではないから変幻自在なのだ。

自分ですべてやることを誰かにやってもらっているのだ。
文句は言えない。
文句があるなら、自分でやればいい。
ただ、そのやり方に自分が注文をつけることはできる。
自分のやってほしいやり方を相手に伝え交渉すればいいだけだ。

ただ、イメージというのは100%相手に伝わらない。
だから、自分の想い通りにならないことも時にはある。
それに、文句は決していえない。
これを皆よく忘れている。

やったのだから、まかせたのだからちゃんとやるのが当たり前か。
やってもらう、まかせる。
自分の都合いいように相手をつかっているだけやで。
自分の都合のいいようにならんかったからと言って文句をいうのはお門違いやな。


自分のイメージどおりにやってもらうためには、自分の思っているイメージを正確にできるだけ詳しく相手に伝える必要がある。
このことを怠けて、自分のイメージ通りにならなかったことに文句をいっているだけ。

実は、自分でやるよりも誰かにやってもらう、まかせるほうが数倍労力がいることなのだ。
それを自分がラクするために利用していることから、文句がでるんやで。


私と娘は、今回のことで再確認をした。

皆の洗濯物入れかごに入っているものは、今まで通り私が洗う。
できるだけ、洗濯ものの紛失がないように気をつけるが、細かい把握は難しいから、大切なのもなどは自分で洗うようにする。
その際、皆のかごには入れないで別にする。


娘と私は、お互いの想いを洗い出した。

文句はないのが当たり前だが、言ってみないとお互いの想いを出すこともできない。
想いを洗い出すのも必要なんだな。





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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 洗濯 文句

(ちかくてとおいか。

近づきすぎると、何も観得ない。
それぞれに必要な距離感があるんや。
それは、一人一人違うな。

自分に一番近い存在は、自分だ。
自分に近づきすぎては、自分のことが何一つわからない。
自分から離れすぎても、何も観得ない。

まずは、自分との距離感を自分でわからんとな。
自分との距離感もわからんのに人との距離感なんてわかるはずがない。

人のことは、さておきまずは自分のことを自分がちゃんと観ることや。
一人一人が自分の距離感をわかれば、あえて人との距離感を図る必要はなくなるんや。
すべての人が自分を観得ることができれば、すべての人が自分のことをわかる。

人のことをとやかく言うヒマはない。

自分のことが観得ることで、人のことも観得るや。
自分のことがわからんから人のこともわからんのや。
自分も人やからな。
自分と人を分けることはできないで。

知ろう、分かろうと想うなら、近すぎず、離れすぎずや。
距離を置くのとは違う。
距離の奥を知る。
距離間ではない。
距離感だ。

自分の感覚を知る、観るのだ。

近い、遠いはない。
奥の奥、外からではわからないのや。
家の内、内にはいるのだ。

外からでは何もわからない。

自分の内を観るんやで。
それが距離感を知ること。

そんなこと最初からわかっていることやな。
ただ、誤魔化しているんや。

自分から離れた振りしているんや。
そうしているとラクに思えるけど、それが自分を苦しめているんやで。

いつまでも自分を近くて、遠い存在にしておけるかな。
近くて遠いは、自分のこと。



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テーマ : 教育って何だ?
ジャンル : 学校・教育

tag : 近い 遠い 自分 ヒマ

(どうらく。

道楽とは、楽しい道や、未知が楽しいんやな。
道楽は、遊びや。
道楽ばかりしてられん、仕事もせにゃいかんぜよか。

遊びと仕事と分けて考えているが、仕事も遊びも道楽でいいやんか。
仕事と道楽な遊び、分ける必要はない。
何で、分けているんや。
遊びは楽しくて、仕事は苦しいもんや。

道楽で仕事ができれば、幸せや。
そう、幸せなほうがええな。
ええな、想うことはしたらええんや。
自分ができること。

仕事も遊びも道楽でいい。
どちらも楽しい道や。
自分の未知なる道を楽しめばいいだけや。

決して楽な道ではないかもしれないが、自分の選んだ道だから、楽しい。
苦しくても楽しいんや。

それが道楽や。

仕事も遊びも、自分の選んだ道を楽しく、歩いていくだけのこと。
どうや、それがラクラク生きていくということやな。

誰にもマネはできない。
一人一人、それぞれ自分の道があるから。

自分の道をヒタスラ歩くだけやな。





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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 道楽

(すごろく。

さいころ振って、すごろく遊び。
自分でやると楽しいな。

職場のスーパー、6月は売り上げ強化月間。
だから、毎日大安売り。
毎日山のような品物を売り場に出さなくてはいけない。
毎日届く品物に追われている。

皆疲れ気味や。
一回休みや。
言葉も荒くなる。
少ない人でやっている、人件費も削減や。

ぽろぽろ、ぼろが出始めてきた。
クレームが続く。
売り場の商品の賞味期限切れ、売価変更の忘れ、売り場全体が汚い・・・。
厳重注意や。

皆で注意するように言われるが・・・。
今のようないっぱいいっぱいの状態でどう注意していくのか。
仕事が増えて、皆殺気だっている。

できるだけ早く、たくさんの量の仕事をするよう強要されて、皆限界やで。
ミスが増えるいっぽうやで。
落ち着いて一つ一つ、やっとたら、いつまで経っても仕事が終わらへんから。
なんとか、こなす。
売り場に品物出すので精一杯、限界や。


そんなこと、誰もがわかっていること。
でも、誰一人そんなことは言わない。
辛抱強いんか。
何を皆我慢して仕事をしているのか。

その甲斐あって、売り上げは前年より上がったようだ。
やった、ゴールは目前や。

これで皆満足か。

やっとこれで落ち着けるか。
いやいや、そんな甘いことはないぞ。
次は、社長賞をねらって、もっともっとがんばらなあかんのや。
すごろくは、延び取った。

振り出しに戻るや。

あがれると想ったら、振り出しに戻されたんや。

このすごろく、いつまでやってもあがられへんで。

次々すごろくが延びとる。

自分のすごろくやってないから、相手のコントロールされとるで。

自分のすごろくは自分が創るんや。
さいころを振るのも自分やで。

見せかけのあがりをチラつかされているだけや。

すごろくは、自分で創って、さいころを振って、自分の想うようにあがろうな。

振り出しに戻ってばかりではおもんないで。

何のためにそのすごろく遊びやっているかいな。




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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : すごろく

(やくまわり。

暑くて、だるい。
何もする気がしない。
だから、今は何もしない。
何もしないことを私は、する。

結果、何もしない、何もしていないなんていう状態は、ないということやな。

私は、堪えず何かをしている。

「何も役に立っていない、私なんて生きていてもしかたない」などというが、今そう思う役を私はしている。
いつも役をしている。
役に立てている。
役者として、それぞれの舞台に立っているのだ。

ただ、立つ舞台がそれぞれ違うだけのこと。

今、私は何もしない役をしている。
そういう役もいなくては、舞台は成立しない。
皆がいつも主役で、たくさんのセリフを言っていては、舞台がやかましいな。

黙って、一言だけ言う役ある。
寝ているだけの役もある。
暑い、だるい雰囲気を皆に伝える役もあるんや。

役は、十人十色やし。
私の役回りもその瞬間に変わる。

色々ある。

役のない人はいない。

どんな役が周ってきてもそれを私はやりきるだけ。
それに、うまいへたの評価はいらん。

私の役創りをするだけや。




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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag :

(わたしは、おもいこんでいる。

確かめないとわからないこと。
どうなのかわからないこと。

自分で想い込んでいる。
きっと、こうに違いない。
こう想って言っている、やっているんや。

職場のスーパーでの出来事。
朝、冷蔵庫の前に貼紙がしてあった。
内容は、冷蔵庫の中や倉庫の整理整頓をすること。
青果部門はちゃんとやっているから食品部門は青果部門を見習って、やること。
そして、食品部門は話し合いをして改善するように。
大まかにはこのような内容。

要は「売り場以外の場所も整理整頓しましょう」ということ。
食品部門がバラバラなことをやっているから、話し合いをして改善していったほうがいい。
ということを、少し荒々しく書いて貼紙してあったのだ。

わざわざ、貼紙にしなくても、直接言えばいいことを何で、言葉汚く表現しているのか。
無記名なので誰が書いたかわからないが、およそ誰が書いたかの予想はつく。

色んな、想いが私に出てきた。
私は、素直にその内容を読みとることに抵抗している。
これは何でや。

私は、もう少し書きようがあるやろ。
書かなくても毎日顔を合わせているんやから、直接言えばいいことやのにな。
内容よりも先に書いた人の怒りがこちらに伝わってきて、そちらに焦点をあてている。
そして、私もその怒りに同調している。
けれど、彼の怒りが伝わったとしても、私に怒る理由がなければ同調はしないはずだ。

彼にあると想いこんでいるが、私にある怒りは、私の創り出している怒りなのだ。
彼のセイにしているだけに過ぎない。
私が怒っているだけのこと。
彼に私の怒りの責任はない。
私が彼のやったことで勝手に怒っているだけ。
それを彼が悪いと言っているにすぎない。
すべては、私が創っているんやな。

「なんでこんな書き方するんやろ」
「言いたいことがあるんやったら、直接言えばいいやんか」と、私のやっていることを棚にあげて、彼のことばかりをあげつらっているんや。

私は、彼の怒りの想いをそのまんま彼に反しているだけ。
反せば、また私に戻ってくる。
グルグル周っているだけのこと。
そんなところからは、何も生まれない。
書かれている内容を全く無視して、私には改善しようという姿勢がない。
反発している。
おかしいことや。
私に何もないならば、彼のしたことに一切反応しないはずなのだ。
どんな形にしろ反応しているということは、私に何かあるということだ。
その何かを私に反さず、彼に返している。
彼を悪者にして私の立場を正当化しようとしている。
私は、悪くないと言っているのと同じことや。

これは、彼のことではない。
私のこと。
やり方、書き方云々よりも、書いている内容に私が想いあたるか、あたらないかだけなのだ。
そのことだけを私は考えればいいのだ。

彼のやり方、言い方をとやかく言うことは、私の責任転嫁なのだ。
彼の言い方、やり方は、彼が考えればいいことだ。

ただ、彼になぜこのような書き方、やり方をするの知りたいと想うなら、それは彼に私が直接聴いて確かめればいいだけなのだ。
私は、彼は怒ってこういう書き方、やり方をしているのだと想いこんでいる。
だが、本当のところはわからないから、彼に直接聴くしかないのだ。
想いこみでは、、何も明らかにならない。
何もわからない。
こんなことは、何度も体験済みのはずだ。

想いこみは、自分にも、相手にもいらんゴミを増やすだけ。
時間も想いも無駄使いしている。

彼の言動、行動はすべて私の言動、行動につながっているのだ。

今回のことは、私を初め、職場の皆がもう一度自分の想いを想い反すいい機会になのだ。
彼は、貼紙で皆にそのことを知らせてくれたんやな。


私は、最近売り場が忙しく、裏のことをおろそかにしていたかもしれない。
私なりに整理整頓していたがもしかしたら、荒かったかもしれない。
これを期に自分にわかりやすく整理整頓していこうと想う。

そして、何より本当かどうか定かでないことを自分の想いこみで片付けない。
ゴミをふやさない。
これが自分のできる整理整頓やな。

私に起こったことは、すべて私のことや。
関係ないことは、何一つないんやな。
すべてを私の教材にして私に生かしていくかだけのこと。
無駄は、ない。
必要なことがすべて用意されているんやな。






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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 想いこみ

(つゆは、ゆううつか。

梅雨の時期で、湿度が高く、べたべた、じめじめ、不快指数がいっぱい、いっぱい。
皆がイライラしている。

梅雨は憂鬱か。
梅雨のセイにしているけど、それってホンマか。

そんなこととはつゆ知らずか。
梅雨には、そんなの関係ない。

ジメジメ、べたべたは、梅雨のせいばかりではない。

自分がジメジメ、べたべたなんや。
自分がへたへた、締め締めなんや。
いっぱいいっぱいなんは、自分の気持ち。

よくよく、自分の想い、気持ちを想いかえして観たらいい。
どこかで、自分のジメジメ、べたべたな想い、気持ちを誤魔化している。

梅雨はいい迷惑や。
なんでもかんでも、梅雨のセイにされてな。

季節は、周っているだけ。
晴れる日もある、雨の日もある。
それにいちいち、影響受けててどうするんや。
都合よく天気を使うなや。

自分の創り出している、想い、感覚を見逃すな。
観てみぬ振りしているだけ。

梅雨は、憂鬱ではない。
梅雨は、雨が降っているだけ、湿度が高いだけ、只それだけのこと。

憂鬱は、自分が創ったもん。

TO YOU。

あんたやで。



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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 梅雨

(じかん。

タイムイズマネー。
時は金なりか。

スーパーのタイムサービス。
10時からタマゴが98円になる。
10時少し前になると店が慌しくなってくる。
そして、10時。
タマゴ売り場には人が殺到する。
殺気だっている。
今日は日曜日、一家総出でタマゴを買い求めている。
早くタマゴを取らないと売り切れてしまう、急げ、急げ。
レジは、長蛇の列。

「何ぐずぐずしているんや、他のレジ開けて、応対せえや。こっちは急いでいるんや。」
「なんや、この値段違っているで、ハヨ金返してや」
「何でこんなことになるんや、サービス悪いで、何とかしてや」
サービスタイムが、イライラタイムに早変わりやで。

店は、大混乱。
早く、早く、安く、安く。
1円でも安いのは当たり前や。
時間も金や、レジになんて長いこと並びたないんや。

店員さんも連日の大安売りで疲れが溜まっている。
店全体が、イライラ、もやもや、慌しい雰囲気や。
どこで噴火してもおかしくない状態やな。
誰もが時間に追われ、周りを見ていない。

タイムイライラ、マネいとる。
時間に追われ、時間よ終われか。

いつも時間に追われている。
起きる時間、寝る時間、遅れないように、急げ、急げ。
時間がない、時間がない。
時間はいったいどこにいったのか。

もうタイムや、やすんで見ようや。
そんなに急いで、何ができる。
何が生まれるんや。

時間は、同じようにあるのにな。
なんで、毎日時間に追われているのか。
急げば、時間が生まれるのか、増えるのか。
生まれた、増えたつもりの時間で、またやること増やして、また時間が足りんようになっていくんやで。
いたちごっこ。
グルグル巻や。
いつまで経っても時間がないことになっている。

時間は、お金ではかえない。

時間を変えることことが出来るのは、自分や。

時間は追ってはきていない。
追われていると思っているのは、自分やな。
時間に合わせるのではない。
自分の時間に合わせるのだ。
時間を自分の合わせればいい。

早く早くと急いで作った時間は、また急いだ時間を創りだすことになる。

時間はいつも同じだけ自分に用意されているんやで。
それを、足りない、時間がないと、自分が時間をなくしている。
時間をどこにおいてきたんや。

過不足なく時間はいつもあるのだ。
それを自分がどのように想い、使うかだけのこと。

急げば、急ぐほど忙しくなっているな。
こんな、体験はもう十分経験済みやな。

一人一人、自分の時間がある。
時間いっぱいまで、自分の時間を使うことや。

時間は自分が創るんや。





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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 時間

(きめる。

世の中のこと、何一つ決まっていない。
どうなるかなんて決まっていない。
誰もわからない。
誰も決めれない。

唯一つ、決めることが出来るのは、自分のことだけや。

自分のことだけは、決める選択ができるのだ。
どうするか、決めることができる。

誰も人のことを決めることはできない。

人のことは自分の勝手で、決めているだけ。
勝手で決められたことを、自分が受け入れたならそれは、自分が決めたこと。
選択したのは自分やからな。

誰も私のことを勝手には決めれない。
OKをだしたのは、私やな。
決めたのは、私の選択や。

自分は勝手。
自分の勝手や。
すべての人が自分勝手やで。

お互いが自分勝手に想うこと、やること。
それをとめること、決めることは自分にしかできないこと。
勝手にしていることを責めることはできない。
聴かない、やらないことを自分が決めればいいだけや。

誰も私のことを決めることは、できないんやで。
でも、自分で決めるのを避けて、逃げている。

それは、何でやの。
自分で自分の想いに責任取りたくないから、避けている、逃げている。
責任逃れを決めているんやな。

でも、逃げても、避けても、自分にはわかっているんや。
だから、苦しいんやで。

自分が決める。
自分で決める。
自分は決める。
自分の極めたこと。

簡単なことや。
決めたことが正解か間違っているかなんて考える必要はない。

今、決めたことが次の瞬間に変わってもいい。
自分の決めたこと。
自分が変えることも決めれる。

すべて、自分の選択や。
決める、極める。

自分勝手に、自分のことを決める。
責任はすべて自分にある。

私は、自分で決めることを選ぶだけやな。






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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 決める 極める

(くそ。

「なにくそ、負けてたまるか」
「そんなんちゃうのにな、くそ」
不平、不満がくそのもとか。
おもくそ、くそったれ、くそくらえか。

くそはくさいか、くさいもんには、ふたして自分の中に閉じ込めて・・・。
何事もなかったかのように振舞って、ああしんど・・・苦しいな。
生きていくためには、我慢、辛抱も必要と。
自分が本当にそう納得しているなら、誰にも文句は言えんな。
一体誰に言っているんや。

「そうやで、誰にも文句言わずに自分の中で処理しとるで」
「くそ、くそ」言ってるだけで、やることやってるし誰にも文句いってないし、迷惑かけてない。
自分にくそを溜めてるだけや。

「そうかいな」
自分の「くそ」音がしいへんぶん、においが強烈なんやで。
想いが、重いんやで。
あたり一面、汚染しとるんやで。

「くそ」は自分の中のもんを出しているんやで。
「くそ、くそ」言いながら、くそを溜めている。
自分の想い、感覚に素直に、正直に言わんから、くそが溜まるいっぽうやな。

「くそ」は、汚いもんちゃうで。
自分の食べたもんが出ているだけや。
自分が出さずに呑み込んだ想いがくそになって出ているだけや。

汚い、くさいんは、自分がくさい、汚いもんや言うことや。
「くそ」で、自分のことがわかるんや。

くそを溜めて、金を貯めるか。
いやな想い、感覚持ちながらも、我慢、辛抱して働いて、それで幸せか。

「くそ」は溜まらんほうがええな。
便秘は苦しいでな。

「くそ」っという想い、感覚は無用のもんや。
自然にしてれば、必要ないもんは勝手に自分の中から出て行くもんや。
おもいくそは要らんな。。

自分に「くそ」を溜める必要はないな。
溜めていいもんは、何一つない。
すべて、まわり流れていればいい。
周り回り、真歩く○になる。

すべて逆さま。

「くそ」を「そく」やめて。
自分の中の想い、感覚に素直になってみることやな。
自分のくそは、自分でそく変えることができる。

「くそ」を溜めんずに、いつもすっきりやな。

食べるもん、呑み込むもんは自分の好きなもんがええな。



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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : くそ そく

(じなん。

我が家の次男が今日で15歳になりました。
世間では受験生、中学3年なんや。
そんなこととは無縁やな。

次男は、自分で選択して中学校には行っていないから。

けれど、何もしていないわけではない。
学校には行っていないが、次男は確実に毎日、瞬間瞬間学んでいるな。
次男のペースで、タイミングで進んでいる。
私も次男とともに学んでいるんや。

家ではもっぱら、ゲームをしているが、それも次男にとって必要な学びの一つなんや。
中途半端にとめない、とことん好きなだけやればいい。

そして今、外出することはほとんどなかったが、自分から外に行くようになってきた。
外を観たくなったようだ。
京都に来て1年過ぎて、自分の中がやっと落ち着いたようだ。

15歳にして、統合(十五)できたんやな。
繊細でシャイで、周りと合わせることがいやで、自分の中に閉じこもっていた次男が自分の中を落ち着かせて、外の世界に出ていこうとしている。
外の世界は何も変わっていないが次男が変わり、今まで避けていた所に立てるようになったのだ。

その間、私はヤキモキしないではなかった。
学校に行かない選択は理解していたが、家でゲームばかりしている次男に、入らぬお節介なことを言ったりもしていた。
が、次男は、動かなかった。

ゲーム三昧の日々から、次男の好きなことを見つけつつあるようだ。
次男は料理を作るのが好きだ。
最初は、私が居ないこともあり必要に駆られて始めたことだったが、今はなんとも楽しそうに作っている。レパートリィーもふえている。

私は、私なりに想うことを次男に伝えている。
「料理いうのは、作るだけちゃうで、どんな材料を使うか、どんな器具を使うか、選ぶのも料理やで・・・。」

つい最近までは私が、次男が出来そうなものを選んで、材料も献立も考えていた。
が、今は少しずつ次男が考えるようになってきている。
次男の想いが料理になってきている。

今日の誕生日には「エビチリ」を作るとハリキッテいた。
それに、「ワカメとねぎの中華スープ」がついた。
まあまあのできだった。

一つずつ次男が考えることが増えてきている。
不得手なことに、次男は挑戦しているんやな。

ゲームの合間にパソコンで料理のことを調べたり、外に出て食材や器具を見てきたりしている。
確実に次男は、体験を増やしているんやな。

手探りの状態だが確実に次男は、自分で歩いている。
自分の眼で確かめて、前に進んでいる。

親は、必要以上に子どもの眼になる必要はないんやな。
子どもの眼になっているつもりが目隠しをしていることが多いんやな。

親が前に立ったら、子どもには、何も見えなくなってしまうで。
盾にならんでいい。
ならんで見守ればいいだけや。

親は盾になっているつもりが、子どもの殺陣になっているんや。
親の余計な想いが、子どもを殺しとる。

子どもを信じることは、自分を信じることや。
子どものことを想うなら、親は自分の信じることをやることやな。
子どものことは、親のこと。
親のこと、自分のことをちゃんとやれや。
私は、次男を通して自分のことのことを見直している。


今、次男は姉からの誕生プレゼントの「北京なべ」を片手に振ってニコニコしながら筋トレをしている。
けったいな、15歳やな。

ってことは、それを観てニヤニヤしている私もけったいな、母親やいうことかいな。

お誕生日オメデトウな。




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tag : 次男 15歳 誕生日 母親 北京なべ 殺陣 プレゼント

(まとめる。

最近のコマーシャルで「まとめるとお得」と言っていた。
買い物でも「まとめて2つ買うとお得とか、何個以上まとめるとお得になる」というが。

私もよく買っていたが実際本当にお得なんやろか。

よくよく思うに、いらんもんまで買っとたし。
一つにならん想いまで、ムリクリまとめようとしとったし。

ま、とめてみると。

意見をまとめる。
一つにまとめる。
まとめてすっきり。

すっきりしたつもりが、次の分裂を生んどったな。

まとめると得をしたような気分にはなるが、冷静に考えるに何も得になっていない。
得したつもりが損しとった。
ってことは、損、得なしや。

必要以上のものを買ったり、無理して一つにしている。
一つにまとめる必要のないものまでまとめて、分裂を避けようとしている。

裂けたもんは、またまとめんなあかんな。
何度も何度も、同じことを繰り返すことになるんやで。

まとめっていると安心、安全なのか。

まとめ買いは、まとめ害なのだ。

必要のないものが増える。
お金の無駄をしないために、モノを無駄にしているやんか。
必要なもんを必要なときに買うのが時間もお金も想いも無駄にならない方法なのだ。

まとまるもんは、まとめようとせんでもまとまるもんや。

ま、とめてみて・・・まとめ我意。

自分の意思が大事やな。

自分をまとめて出直しや。



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tag : まとめる お得 コマーシャル ムリクリ

(ただ。

ただより安いもんはないか。
ただより高いもんはないか。

タダが、唯いい。
そこにワケはない。
分けることはない。

すべて一つ。

ただひとつ。

すべて○円。

お金はいらんな。

マルマル、丸儲け。

只、今があるだけ。

ただ、私はここに居る。
それでいい。
皆、ただ、居ればいい。

ただでいいんや。

そこに何も意味はない。
ただ、いいんやな。

皆、ただが好きやもんな。

ただ居ればいい。
居るだけ、生きてるだけで丸儲け。

世の中、ただ。
世の中、○円。

お互いが、ただ、私、渡し、Iがあればいいだけやな。

すべて○。

すべて揃っている。

お互い渡しあいをするだけ。

〇。





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tag : タダ

Dプロフィール

 林 一美

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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