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(おもい、しかない。

想いは、形になる。

形が、想いではない。

想いしかない。

想いがあるから、見える形ととしてあるだけ。

想いしかない、この世の中。

よく、とりあえず形から入ってみました、とか。
形にして想いを表してみた、とか。

言っているけど、想いしかないのだから当たり前だ。

形があって、想いが出てくるのではない。

想い=イメージ。

自分にイメージがあるから、形になったこと。

形から入るなんて、ないのだ。

想い、イメージが最初にある。

すべては、想いでできている。

その想いが分からなくなっている。
いや、自分の想いを誤魔化して生きている。

自分に出てきている想いを誤魔化し、誰かの想いを自分の想いだと思い込み、誰かが創った想いを自分に入れて、先入観としてインプット。

自分の想いなんだか、誰の想いなんだかわかりゃあしないようになっている。

想いは、形になっていなくても、通じている。
形は、目に見える形として現れているだだけのこと。

想ったその瞬間に、すべて形になっている。
形に見えるのは、ほんの一部のこと。
見えない想いもすべて、現れているのだ。

想いは、誤魔化しなどできない。
自分の想いを誤魔化したつもりになっているが、そんなことは不可能だ。

想ったその瞬間に、イメージしたその瞬間に、現れている。
それがわかっているから、知っているから、誤魔化そうとするのだ。

そして、誤魔化そう、隠そうとする想いがまたうまれる。

最初に出た想いを自分が素直に正直に出していかないと、この連鎖からは抜けることはできない。

想いしかない世の中。
自分の想いが、世の中を動かしていることを、想い出すのだ。

想いは、重い。




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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 重い 想い

(みんな。

みんながそうしている。
みんなと同じようにする。
みんな、みんなって。

いったい誰のこと?

今の世の中、みんなと違うことをしていると、嫌われる。
右へならえ。
親が、先生がみんなと同じようにすることを教育している。

みんながしていることは、いいこと。
みんながしている、だから正しいこと。

そう言われて、ずっと、受け継がれている。

みんなって、誰だれなんや。
みんなが思っているみんなは、同じなんか。

えたいの知れない、みんなに振り回されている。

みんななんか、いない。
勝手に創っただけ。

誰だかわからない、みんなのセイにしておけば、自分がラクできると思って創りだした、怪物や。
でも、結局ラクになんてならない。
創り出したみんなに、追い詰められて、身動きとれんようになっている。
みんなに、苦しんでいる。

みんななんて、いない。

いつまでも、逃げとおすことはできないんやで。

私がそうしたい。
私がする。
私が思う。
私が感じる。

すべて、自分がしていること。







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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

tag : みんな 怪物 教育

(いいかた。

その言い方は、何!
その言い方、ひどい!
誰に向かってその言い方しているの。

その言い方に反応しているのは、誰や。

「おまえ、あほか」

同じ言い方されても、何も反応しないときもある。

この違いはどこに、何にあるんや。

相手の言い方が悪いのか。

いや、聞いてる私の聞き方が違う。

同じこと言われても、怒らない、腹立たない。

何で何。

言い方どうのこうのという問題ではない。

私が、言った相手をどう見ているか、どう感じているかがすべてを、支配している。

言い方云々というのは、私の責任逃れに過ぎない。

言い方なんて、本当のところ関係ない。

言われたことを自分が受け入れられないとき、受け入れられない相手に言われたときに使う、自分の本心の誤魔化しだ。

どんな、言い方をされようと、誰に言われようと、その言われたことを自分がどう感じ、どう思うかにだけに焦点を当てる。

結局、どんな言い方されようと自分がそれをどう受け取るかなのだ。

言い方なんて、関係はない。

自分に「いい、かた」をしろと相手に強制することはできない。

相手のいいかたの思いを、感じ取っているのは自分なのだ。

自分に必要ない思いは、受け取る必要はない。

反応する必要もない。

すべて、自分が創っているのだ。







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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 言い方

(がんばる。

がんばる。
がんばれ。
がんばって。

一体何のために、がんばっているのか。

一体何を、がんばればいいのか。

一体何で、がんばるのか。

そんなことは、どうでもいい。

とにかく、がんばればいいんや。

訳も分からず、ずっとそう言われ続けている。

私も言われ、ずっと、みんなが言い続けている。

そして、この私も、子どもに、そう言い続けていた。

がんばる教育をし続けている。

がんばって、努力して、成功するために。

がんばれと励ますことがいいこと。

がんばってないといけない。

自分はもちろん、誰にでもがんばれ、がんばれ。

がんばっていないと、不安。

がんばっていないと、心配。

本当に、がんばっているときは、がんばっているなんて思っていない。

本当に、がんばっているときは、がんばれなんて言えない。

がんばらなあかんと思っているとき、言ってるときは、何かに怖れている。

がんばってないと、自分が認められない。

自分も人にも、評価されない。

怖れている。
心配している。
不安になっている。

がんばることは、本当はしんどいことでも、つらいことでもない。

ただ、自分のしたいこと、好きなことをしているだけなんや。

それは、自分だけが分かること。





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テーマ : 教育って何だ?
ジャンル : 学校・教育

tag : がんばる

(おもい、な・・・②。

今日は、頭がおもい、な・・・。

頭痛もちと言われる人が、たくさんいるらしいが。

これは、本当のこと。

想いが頭を重くしている。

自分に正直に素直に、自分の感覚を感じると世の中は、すべておもい、な。。。

おもいから、お互い思いやりをもちましょうか。

どんな、おもい、やり・・・。

お互い、重い、槍の打ち合いか。

守っているつもりが、攻撃してるんやで。






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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : おもいやり

(おもい、な・・・①。

「以心伝心」

「思いは通じてる」

「思ったようになる」

こんな体験は、みんなあるはずだ。

自分が思ったことは、言葉にしなくても、思った瞬間に、通じている。

お互いが、自分の本当の思いを隠して、誤魔化している。

きつねとたぬきのばかしあいか。

自分が想いを隠しているから、相手の隠しているものも分かる。

お互い、探り合い。

自分を信じられないから、誰も信じられない。

疑心暗鬼。



今の世の中、みんなが疑い、戦っている。

先への心配、不安、恐怖。

それによって、なんとか自分を守ろうとする意識が働いている。

自分を守るということは、誰かを攻撃していることになっているのを分かっているのか。

自分の生活を守るために、政府を責めたり、社会を責める。

こんな世の中になったのは、「おまえが悪いからだ」と、誰かに必ず責任を押し付けている。

そして、目先のシステムを変えたり、法律、規則をいじくって、なんとかその場しのぎを繰り返してきた。

もともとの、システム自体が不完全なものなのに、どこをどういじくろうと、不完全なものしか創れないのだ。



自分の想いがこの世の中、すべてを創っている。

自分ひとりが想ったぐらいでなどということはない。


想いは、重いのだ。







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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 重い 想い

(いいかげん。

私は、何でもサッサーとやってしまう、「いいかげん」な奴やと思っていた。

それは、私にとって、いいことではないと思っていたが。

実は、「ええ、あんばい」に何にでも調節が利く、ということなんやと思ってきた。

他にも、ある。

「八方美人」

あっちにも、こっちにも、いい顔する奴、と嫌われるが。

実は、「誰とでも仲良くできる、すごい奴」のことなんや。

「器用貧乏」

何ごともできるが、中途半端、といわれるが。

実は、「何でも一通りできるすごい奴」のことなんや。


どれも、見方、視点を変えると

まったく違った意味になる。

実は、すべてのことが、偏った方向から見た意味をみんなが取り違えていること。

視点、立っている位置が変われば、見え方、感じ方がすべて、違ってくる。

みんな、それが分かっているから、立っている位置、自分の見方を変えることに抵抗している。

みかたは、いっぱい在る。







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テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

tag : いいかげん 器用貧乏 八方美人

(げんきん。

いつもニコニコ現金払い。

私が小さい頃は、ローンやカードというものが今ほど使われていなかったから、私の叔母は、もっぱらこう言っていた。

欲しいもの、必要なものができたときに、現金がなければ、買えない、買わない。

ローンは、借金。
借金してまで買う必要はない。
というのが、当たり前、常識やった。

今は、現金がなくても何でも、欲しいものがすぐに手に入る。

モノがないのに、物が手に入る。

おかしいな。

何を一体交換しているのか。

カードゲームをしている。

子どものカードゲームにはまっているのと同じことか。

現金よりも今は、借金、ローン、カードを使うことを奨励している。
みんなに借金生活を、させようとしている。

現金は、厳禁。

現金は、限金。

持っても持っても、欲しくなる。

際限なく続く。

幻金。

金は幻やな。





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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 厳禁 現金 カード ローン

(かてい。

家庭は、大事だ。

家庭が、すべての基。

過程なくして、結果はない。

今はかていを無視している。

結果さえ、形さえ、同じであれば

「よし」とされている。

結果オーライの世の中。

世の中の思うような結果がでないと

やってきたことは、ないに等しい。

やってないのと同じ。

形になったものだけを見て、

それが真実だと信じているだけ。

何も自分で確かめずに

誰かが創った仮定を信じ

家庭で形になったもんだけを

取り入れてやっている課程だ。

自分の家庭は自分で創る。

結果は過程を一つ一つやっていくことで

ついてくるだけのこと。

結果ありきの仮定では

何も創れない。

何も分からない。




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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 仮定 家庭 過程

(えがいたえ。

私が以前に描いていた絵と今の絵は、まったく違っている。

私が描いていた絵は、私が今まで見たことのある景色であったり、教えられてきたことを常識、当たり前として描いていたものだった。

たとえば、子どもは学校に行き、学ぶ。
私は、その子どもの成長だけを楽しみに、日々過ごし、子どものすることに一喜一憂する。
子どもは、義務教育はもちろんのこと、高校、大学に行き、仕事に就いて、結婚し家庭を作る。

私が通ってきた道、私が教えられてきたことを私は子どもに描いていただけだった。

私の描いていた絵の中心は、私ではなかった。
私の絵でありながら、いつも私がいない。
このとき、子どもと私は、一体化していたから。

私のことイコール子どものこと。
子どもは、私の思うとおりに描ける存在だと思っていた。
子どもを巧みにコントロールしている。

子どものことをいつも考えているいい母のつもりなのだろうが、実は子どもを自分の思うように描きたかっただけだったのだ。

私が描きたい絵を子どもに伝えるのは、自由にできるが、それを子どもが選ぶかどうかは子どもに任されていることだ。
親だからと言って、強制はできないのだ。

けれど、私がそうだったように、多くの親は子どもに強制している。
自分が描いたようにならないと、子どもを責めている。
「何で、親のいうことが聞けないの」
「あなたのことを思って言ってるのよ」
などと、自分の描いた絵になるように洗脳しているのだ。

子どもであっても、親が勝手に描くことはできない。
子どもは子どもの描く絵がある。

一人一人描く絵は、違うのだ。

それは、誰にでも自由に選ぶことができることだ。

そして、描いた絵は何度でも描きなおしができるのだ。

ただ、描きなおしは、自分の絵だけだ。

自分以外の人の絵には、手出しはできない。

それは、親子と言えども、例外ではない。

描きなおし、付け足しは自由自在。

自分の人生の絵は、いつでも自由に描けるのだ。




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テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 描いた絵

(けいわい。

我が家の次男、小さい頃よりとても、活動的でおしゃべりです。
それは、今も変わりありません。
「ジッとしていたら、死ぬんちゃうか」と思うほどです。
自分のペースで正直、素直ゆえに、周りとの摩擦も多かったように思います。


今も彼は、自分のペースで動き、私に話しかけてきます。
時に私は、そんな彼にイライラしたり、怒ったりすることがあります。

私が、そういう態度をとると、彼は動きを止めたり、話すのをやめたりするのではなく、ますます、私がイライラするような行動をとります。
私がそれを無視し続けると、ますますしつこくやり続けます。

一見彼の行動は、私の状態をまったく無視している、よく今言われている「けいわい(KY)」空気読めない的な感じがするのですが、よくよく考えてみると彼は私の心を見透かしているのです。

私のイライラ、腹立ちを彼に、渡していることを彼は、お見通しなのです。
彼は、私の感情を決して引き受けない態度で、私がしていることを見せていたのです。

私が、彼の行動にイライラしたり、わざと無視をするような行為になるのは、彼の行動に原因があるわけではないのです。

彼は、いつもと変わらない行動をとっているだけだから。

それに対して、イライラ、時には異様に腹立たしく思っているのは、私なのです。
私がすべて、創り出していることなのです。
私は、彼の言ってることや行動に、イライラ、腹を立てているわけではありません。
私の感情に彼のしていることが関係は、ないのです。
それを彼が悪い、その場の空気の読めない「KY]だと言って、自分の責任逃れをしていたのです。

世の中の「KY]と称される人も、同じような状態なのではないか。

自分の感情を、誰かのセイにするためにそういう人を作っておくと、自分には都合がいい。
自分のイライラ、腹立ちの原因を誰かのセイにして、自分が少しでもラクになろうとしているだけなのだ。

私は、彼に自分の今の状態の説明もなしで、彼に「私の今の状態を理解しろ」と彼に私の態度で察しろと、強いているだけだったのだ。

彼には私の今の状態を、ちゃんと説明して、話を後にしてもらうとか、行動をやめてもらうよう、面倒がらずに説明して、交渉すればいいだけだったのだ。


ある程度の年齢がいくと、世の中では、周りの雰囲気を読んで、付き合っていくのが当たり前にように言われているが、実はそれは、お互いが自分の思っていることを「言わんでもわかれよ」と命令しあっていることなんだ。
それが、空気を読める大人だそうだ。

勝手に相手のことを分かったフリをし合っているだけにすぎない。

言っても相手が思っていること、感じていることのすべてがわかっていないのに、自分の状態を説明もなしで、相手が分かるはずはないのだ。

お互い分かり合いたいなら、できるだけ丁寧に、自分の状態を説明し、相手にして欲しいことがあるのなら、交渉していかなあかんな。

空気なんて、最初から読まれへんもんや。

自分の空気は、自分しか読まれへんな。





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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : KY 空気読めない

(あちらをたてれば、こちらがたたず。

高速道路の通行料が安くなって、車であちらこちらに出かけている。

それによって、船や汽車の利用が減って困る人もでてきている。

先では、船や汽車の廃止になり、それを惜しむ声なんていう映像が流れそうやな。

イオンが「イオンの反省」とかと言って、色んなものの値下げをすると発表していた。

消費者は、何でも値下げになれば、喜んでいるが、安くなった分、それを作った人は賃金がやすくなったり、働く場がなくなっている。

安く仕入れるために、労働賃金の安いところに仕事を任せ、国内での仕事がなくなり、派遣切りではなく、社員切りも時間の問題か。

自分で自分の首を絞めているんやな。


自分の立場で、こうなってよかったことも、立場が違えば、困ったことになっていることがあちらでも、こちらでも起こっている。

「あちらを立てれば、こちらが立たず」

で、なんとかこちらを立てようと、また対策をしなければならなくなる。

こんなことを、いつも繰り返してきたのだ。

その場しのぎの、付け焼刃。

目先のラクを取って、ラクしたつもりが、先に大きなツケがまっているんやな。

何度も、何度も同じ体験をしてきたはずだが、懲りないんやな。

自分は損をしたくない、悪くないという思考が変わらない限り、なんぼ対策を立てても、もとの木阿弥。

本来は、どの立場でも、うまくいって当たり前なのだ。

あちらもこちらも、どちらもみんなが、同じ目線に立たないと始まらない。

まずは、みんながちゃんと自分で、立たな始まらん。

後ろにも前にも盾は、いらん。

自分が盾になることやな。





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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 高速道路 イオンの反省 派遣 社員

(ほめる、けなす。

「子どもは、褒めて育てる」とよく言われる。
が、これってどうなんやろ。

「けなされる」よりは、いいことのように思えるが、あえて「褒めなくちゃ」いけないというのも、おかしな話である。
そこに、何かの意図を感じてしまうな。

褒められると単純にうれしいものだ。
それは、お互いが何もない状態のときに感じることができる喜びなのだ。
けれど、そこに何かどちらかの企みが入るとそれは、単純な喜びではなくなる。

親は、「子どもを伸ばそう」という、企みで褒めていることがある。

子どもは、「褒められる」とうれしいので、次も「褒められる」ように行動しようとする。

子どもは、「褒められる」ために、いつも頑張りつづけなくちゃならなくなる。
これは、やはり不自然でつかれるな。


褒めることが悪いわけではないが、褒められることでやる気がでたり、けなされることでやる気がなくなるということは、いつも誰かに自分のしていることの評価を求めていることになるのではないか。
それは、いつも誰かの評価を気にして行動することになっているのではないかと私は、思うのだ。



自分でいつもしていることを「がんばってるね、えらいね」と褒められると、途端に今まで、何も考えずにやっていたことを、変に意識して、できなくなった経験がある。

自分にとって、今までやってきたことは「がんばってたわけでもなく、えらいことでもない」ことだから、それをあえて取り上げられて、褒められると、どうも調子が狂ってしまうのだ。

これは、けなされている時と同じ感覚だ。

意識させて、私がしていることを邪魔しているのではないかと思う。
私の行動が不自然になってしまう。

誰かがしていることを、褒めたり、けなしたり。
なぜ、そのようなことをしているのだろうか。

褒めることは、いいことで、けなすのは、悪いことではない。
褒めるもけなすも、相手の行動をとめるためのものに過ぎない。

本当に、相手のしていることがわかっているなら簡単に褒めたり、けなしたりできない。

相手がどんな思いでそれをしているかは、その本人にしかわからないことだから、簡単に褒めることも、けなすこともできないのだ。

褒められても、けなされても、相手をとめることになっている。

褒めても、けなしても同じこと。

「褒め殺し」とは、よく言ったもんだな。






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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

tag : 褒める けなす 意図 企み 褒め殺し

(あたらしいかぜ。

春の風が今日は吹き荒れていたな。

春は、風が変わるとき。
卒業や入学、入社などで、新しいところに移る。
風の流れが変わる。
新しい風が、入る。

新しい風は、どんな風か。

新しい風が入ってくることによって、今までとまっていたものが動きだす。
けれど、今までの風が抵抗することもある。
お互いの風が混ざり合って、統合されていく。
心地よい風になるためには、嵐も体験することもある。

お互いがお互いの風を感じあうことが大切やな。
それぞれの風向き、風圧をお互い感じながら調和していく。

バランスをとろうとすると、バラバラになる。
それぞれの風が自分の風を吹かせることだけに集中すればいい。


風に流されるでもなく、止まるでもなく、お互いが風を感じあうだけやな。






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テーマ : 出来事
ジャンル : 学校・教育

tag : 新しい風 卒業 入学 入社

(おかどちがい。

今、私は口内炎ができている。
たった、一箇所下唇の裏にできている潰瘍がすごく痛い。
私はその痛さに、イライラしている。
何もしたくない。

何で、こんなことになったのか。
考え出すと、余計に痛みが増す。
そして、また何でこんなことになったのか。
と考える。

そんなことを思っていると、今日は暖かく、花粉や黄砂がたくさん飛び交ったらしく、くしゃみや鼻水、頭痛、身体もだるい・・・・
これを踏んだり、蹴ったり・・・というのか。

口内炎さえできなければ、花粉や黄砂が飛ばなければ、挙句には晴れなければ・・・・なんてことを考え出す。

お門違いも甚だしいとはこのことだな。

口内炎にも花粉にも黄砂にもましてお天気に責任は何もない。

私が勝手に思い込んでいるだけのこと。

口内炎は、忘れたころに治っているし、花粉も黄砂もお天気も時とともに変わっていく。

私のこととは全く関係ないことなのだ。

すべて、いつもそうなのだ。

その時は、気になっていることでも済んでしまえば何のことはない。

それを誰かの責任にして、今の状況から逃れたいがためにお門違い、入っていく門が違っている。

違うモンに入ってたんでは、いつまで経っても、出口はみつからんな。







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tag : お門違い 口内炎 花粉 黄砂

Dプロフィール

Author: 林 一美
 昭和35年4月生 東京都出身
 大阪育ち 京都在住

幼稚園、小学校講師、塾経営をやってきました。
なにをしても、どこにいても、私の世界は、私の世界。

おかしいと思ったことは、おかしい。
変なことは、変や。

誰が何と言おうと、私は私のみちをいきる。
それが私にできる。ただひとつのことや。

実は誰も何も言っていない。
すべては、私が言ってることやんか。

私はあんた、あんたは私。

さかさま。おしゃかさま。
かみもほとけも。みな、おんなじ。

まっさかさまの、だいどんでんがえし。

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